初代市川團十郎

一般に、京都での「出雲の阿国」(いずものおくに)、江戸での「市川團十郎」(いちかわだんじゅうろう)が、歌舞伎の開祖であるとされています。特に、歌舞伎は江戸で大きく花開き、「成田屋」(なりたや)を屋号とする市川團十郎家は、歌舞伎界の宗家と呼ばれています。初代市川團十郎に始まる、パイオニア精神が魅力である3人の市川姓の歌舞伎役者をご紹介しましょう。

歌舞伎の礎を築いた初代市川團十郎

初代市川團十郎(1660-1704年)は、元禄時代(1688-1704年)の江戸随一の人気俳優で、「荒事」(あらごと)の創始者です。

初代市川團十郎の初舞台は、1673年(延宝元年)の「四天王稚立」(してんのうおさなだち)で、このときに團十郎が白塗りの顔に奇抜で派手な「隈取」(くまどり)を施し、全身を赤く塗って「坂田金時」(さかたのきんとき)役を演じたのが荒事のはじまりとされています。

歌舞伎の荒事とは、感情が高ぶったときに動きを制止して決まりのポーズを決める「見得」(みえ)や、大きく手を振り、足を力強く踏みしめながら歩く「六方」(ろっぽう)などの手法を用いて、キャラクターの持つ荒々しい性格やパワー、おおらかさを表現する演出法。

その荒事の演技のひとつである「にらみ」や雄弁術の「ツラネ」は邪気を払う意味があり、「團十郎に睨んでもらうと病気が治る」と言われました。

荒事は、新興都市として建築中の江戸の荒っぽい気風にピタリとはまって発展を遂げ、創始者の市川團十郎家のお家芸となるとともに、江戸歌舞伎を代表する演出となっていったのです。

演出やプロデューサーとしても活躍する四代目市川猿之助さん

四代目市川猿之助
四代目市川猿之助さん

古きものをいかに新しく見せるかという視点から、スピード感とスペクタル性を重視した「スーパー歌舞伎」を生み出した「三代目市川猿之助」(いちかわえんのすけ:現・二代目市川猿翁[いちかわえんおう]、1939年[昭和14年]生まれ)さん。

そのパイオニア精神を受け継ぎ、現在の「澤瀉屋」のリーダーを務めるのが、三代目市川猿之助さんの甥にあたる「四代目市川猿之助」(1975年[昭和50年]生まれ)さんです。

四代目市川猿之助さんは、前名の「二代目市川亀次郎」(いちかわかめじろう)の時代から、歌舞伎の花形役者として第一線で活躍し、反骨精神も魅力の歌舞伎役者として知られています。

彼の舞台は、スケールの大きさや力強さがどこか他の歌舞伎役者とは違い、美しいものを演じていながら、その美しさを力強く表現する身のこなし方、踊り方を持っていると言われています。その精神は、衣装や化粧に至るまで一貫して通っており、他では見られないもの、四代目市川猿之助さんらしい個性的なものを堂々と表現しているところが大きな魅力です。

そんな四代目市川猿之助さんが、今や澤瀉屋のお家芸となったスーパー歌舞伎をさらに進化させたのが、人気漫画と歌舞伎のコラボレーションとして話題になったスーパー歌舞伎「ワンピース」。

原作は、海賊となった主人公の少年・ルフィと仲間達が大秘宝を探す海洋冒険物ですが、何といっても見事なのは、その原作の世界観と見事に融合した「傾きっぷり」。荒唐無稽な物語の世界に、緻密な構成、壮大なスケール、キャラの立った登場人物といった要素が見事に組み合わさり、観客はどんどんのめり込んでいきました。

若手の生き生きとしたエネルギッシュな演技、六方や宙乗りといった歌舞伎の演出の巧みさも魅力。四代目市川猿之助さんは、主役のルフィを見事に演じ切っただけでなく、この演出とプロデュース力も多くの歌舞伎関係者をうならせたのです。 

一方で、四代目市川猿之助さんは、古典歌舞伎においても確かな実力を発揮する歌舞伎役者です。「義経千本桜」(よしつねせんぼんざくら)では、当たり役の「狐忠信」以外にも「典侍の局」、娘「お里」といったキャラの違う役を演じ切ります。

また、歌舞伎以外での活躍も周知の通り。テレビドラマ「半沢直樹」では、何人かの歌舞伎役者がまさに興を添えましたが、四代目市川猿之助さんは、人気主人公・半沢の宿敵・伊佐山を演じ、強烈な顔芸やせりふ回しでお茶の間を大いに沸かせ、歌舞伎役者の存在感をたっぷりと示したと言えるでしょう。

俳優・香川照之で知られる九代目市川中車さん

九代目市川中車
九代目市川中車さん

歌舞伎界に新たな風を吹き込んだのが、二代目市川猿翁さんの長男で、2011年(平成23年)に九代目「市川中車」(いちかわちゅうしゃ)を襲名し、46歳で歌舞伎界入りした俳優「香川照之」(かがわてるゆき)さんです。テレビドラマ半沢直樹では、四代目市川猿之助さんとのいとこ競演も話題になりました。

市川中車さんは、二代目市川猿翁さんと女優「浜木綿子」さんの長男として生まれましたが、2歳のときに両親が離婚。母のもとで歌舞伎とは関係なく育ち、東大へと進学。卒業後はテレビ・映画の俳優の道に進み、数々の作品に出演する中で俳優としての頭角を現し、現在ではテレビでその姿を見ない日がないほど人気俳優となっています。

そんな市川中車さんは、長らく疎遠の関係にあった父である二代目市川猿翁さんと和解したことをきっかけに、2011年(平成23年)に歌舞伎の世界へと足を踏み入れたのです。

襲名会見でその理由を「息子(市川團子)がいるのに、140年にわたって続いた一族を自分が継がなくて良いものかと思った。その船に乗らないわけにはいかなかった」と涙を浮かべて語りました。

しかし、その会見を聞き、市川中車さんの決意は分かるものの、テレビや映画で才能を発揮するのと、歌舞伎の芸を身に付けることはかなり作業が違うと感じた歌舞伎関係者は多かったと言われています。まさに、貪欲に教えを乞うしかない立場ですが、その修行にどれだけの時間を費やす覚悟があるか。

そんな中、「あの子、面白いわね」と手を差し伸べたのが、「坂東玉三郎」(ばんどうたまさぶろう)さんです。

2017年(平成29年)12月の歌舞伎座において、市川中車さんは坂東玉三郎さんの指名で、2人だけの舞台に立ちました。市川中車さんは、舞台稽古のときから坂東玉三郎さんに直々に教えを乞う機会を得たのです。

市川中車さんは、こういったチャンスを確実に活かしながら、歌舞伎役者として実力を付けていくことが期待されています。

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