岐阜県博物館(関市)で刀剣を観てきました!

全国でも珍しい「触れる化石」、「触れる隕石」を展示する岐阜県関市「岐阜県博物館」に行ってきました!2019年(令和元年)7月12日から2019年(令和元年)9月8日まで開催されていた特別展「剣精霊貫白虹~幕末美濃の剣豪と名刀~」の展示も観てきましたので、特別展の内容と岐阜県博物館についてご紹介します!

館内は見どころ満載!3階は全部撮影OK!

「触れる化石」、「触れる隕石」、岐阜の歴史や伝統を知る!

岐阜県博物館」の館内はとにかく広く、すべての展示をじっくり観て回ると所要時間3時間は平気で経つほどボリューム満点&見どころが満載です!

本館3階のメインホールでは、恐竜の全身骨格が多数展示してあり、その大きさと迫力に圧倒されてしまいました!最も目を引くホールの中央に展示される恐竜は、定期的に入れ替わるということなので、訪れるたびに新鮮な気持ちで観察することができます。

今回訪れたときに主役を張っていたのは「アロサウルス」。ホールの中央に展示されているため、通常ではなかなか観られない恐竜の後ろ側の骨格までじっくり観ることができました。

アロサウルス

アロサウルス

また、博物館所蔵の「鉄隕石」「ステゴサウルスの大腿骨」「化石含有岩塊」(化石が含まれた岩の塊)、「恐竜の糞石」(ふんせき)など歴史的に貴重な資料は、なんと触ることができます!鉄隕石は、宇宙からやってきた隕石。見た目以上にとても重たくて驚きました。

本館3階の自然展示室1では、地球の歴史の他に岐阜県の飛騨地方に生息する動物や、高山地方に生息する動植物などを紹介。そして、山だけではなく岐阜県を代表する「木曽三川」(木曽川、長良川、揖斐川)の歴史や水質の他、特定外来生物に関する問題など、自然環境における様々なテーマを知ることができます。

本館4階では、岐阜が誇る伝統の「鵜飼」(うかい)の歴史や、江戸時代の民家「旧高山家住宅」の模型の展示、休憩スペース横には昭和時代の民家の暮らしを再現した「昭和の居間」が展示されており、いずれも撮影が可能です。

人文展示室1では、石器時代から縄文、弥生、古墳時代へと移り変わっていく中で、どのような暮らしをしてきたかを紹介。

発掘調査などで見つかった石器や土器などが年代ごとに展示されており、いずれも分かりやすい解説文付きです。

展示室を左回りで見ていくと、「戦国時代」へと行き着きます。天下分け目の戦いと言われる「関ヶ原の戦い」は、美濃国関ヶ原(現在の岐阜県不破郡関ヶ原)で繰り広げられました。合戦時の各陣営の配置がジオラマで再現され、戦国時代に使用されていた武器や農具の他、美濃出身と推測される「明智光秀」に関する紹介や展示もあり、日本の歴史を一挙に知ることができます。

他には、美濃の伝統工芸「美濃の紙すき」や、昭和時代に実際に使用されていたランドセル、洗濯機、氷で冷やす冷蔵庫「氷冷蔵庫」などが展示してあり、つい時間が経つのを忘れるほど夢中になって観てしまいました。

岐阜県博物館の新名物!赤羽刀「脇差 銘 兼舎」

脇差 銘 兼舎

脇差 銘 兼舎

そして、超貴重な「赤羽刀」(あかばねとう)「脇差 銘 兼舎」(わきざしめいかねいえ)は本館4階特別展示室の前に堂々の展示!

赤羽刀とは、第二次世界大戦の終戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収された刀剣・日本刀類の中でも、廃棄を免れた刀剣・日本刀のこと。保管されていた場所の住所が「東京都北区赤羽」であったことからこの名称が付けられています。

戦後、ほとんどの刀剣・日本刀は破棄されてしまいましたが、美術的に価値があると判断された一部の刀剣・日本刀は返却され、「刃物産業」が盛んだった岐阜県関市には、全国最多の480本という赤羽刀が譲渡されました。

そして、岐阜県博物館では168振の赤羽刀を所有し、これまでに39振の赤羽刀を修復。

そのうちの1振が本刀であり、本刀は大勢の方の寄付金を得て修復を実現させた奇跡の1振なのです。

剣精霊貫白虹~幕末美濃の剣豪と名刀~

美濃にゆかりある幕末の剣豪、名刀を一挙公開!

「剣精霊貫白虹~幕末美濃の剣豪と名刀~」展は、岐阜県博物館の本館4階特別展示室で観ることができました。

今回の特別展では、新撰組局長「近藤勇」の処刑にあたった美濃の剣豪「横倉喜三次」(よこくらきそうじ)を大きく取り上げて、近藤勇の処刑に用いたと言われる「脇差 銘 二王[二王清綱]」や、横倉家からの寄贈品である様々な史料を紹介・展示。

脇差 銘 二王清綱

脇差 銘 二王清綱

また、美濃国(岐阜県)出身の新撰組隊士「島田魁」(しまだかい)所用の肩当や、江戸城無血開城の功労者「山岡鉄舟」(やまおかてっしゅう)と「井上馨」(いのうえかおる)の命を救った「所郁太郎」(ところいくたろう)由縁の史料を公開。

さらに、美濃出身の名工「源正雄」(みなもとまさお)、「藤原永貞」(ふじわらながさだ)が作刀した名刀の展示など、展示室内すべてが見どころと言っても過言ではないほど貴重な資料・史料が盛りだくさんでした。

ちなみに、展覧会の題名「剣精霊貫白虹」は「けんのせいれいはっこうをつらぬく」と読み、これは美濃出身「棚橋天籟」(たなはしてんらい)が、横倉喜三次の剣技を嘆賞して詠んだ漢詩「剣賛詩」にある一節です。

「喜三次の優れた剣技によって幕末の兵乱は払われた」という意味であり、まさに本展覧会にふさわしい名称と言えます。なお、展示室内には剣賛詩が書かれた掛け軸も展示してあるのでこちらも必見。

「脇差 銘 二王清綱」は、展示室に入ってすぐのところにあります。本刀は、横倉氏のご子孫が長く所蔵していましたが、これまでは様々な事情から日の目を見ることなく保管されていました

しかし、平成に入ってから横倉氏のご子孫は本刀を研師のもとへ預け、ついに今回、二王清綱を間近で観ることができるようになったのです。

さらに本刀は、岐阜県博物館へ寄贈されたため、写真撮影が可能!幕末の志士、美濃にゆかりある人物達に思いを馳せながら本刀を観るのは、なかなか心にくるものがあります。

剣精霊貫白虹~幕末美濃の剣豪と名刀~の内容

展示室内では、美濃にゆかりのある刀工が鍛えた実物の刀剣・日本刀やの他、合戦図、風刺浮世絵、市の重要文化財に指定されている大垣藩重臣「小原鉄心」(おはらてっしん)が詠んだ詩などがあり、本展覧会のために史料・資料を提供した機関・個人は120以上。博物館の中の人曰く「今後同じ企画はなかなか難しいかも」とのこと。

また、幕末期に一世を風靡した「風刺浮世絵」は、登場する人物がすべて子どもの姿で描かれています。これは幕府による校閲を突破するための工夫。各人物には、明確な名称の記載がない代わりに、着用する衣服や持ち物、動きで誰を指しているかが分かるようになっています。

他には、幕末の動乱期に活躍し、志半ばにして命を散らせた「赤報隊」(せきほうたい)、「水戸天狗党」、「浪士組」、「尾張藩正気隊」(おわりはんせいきたい)、及び「久々利隊/千村隊」(くくりたい/ちむらたい)、そして新撰組の合戦図、文書、徽章や写真を紹介・展示。

それぞれの部隊がどのような行程で戦地へ向かったのかを示す地図もあり、訪れた人びとは興味深そうに展示資料を眺めては、頷いたり、同伴の方と「こういう出来事があったんだね」と小声でお話をされたりしていました。

美濃伝の故郷 関市
世界でも有数の刃物の産地である美濃伝の岐阜県関市についてご紹介します。

日本刀の歴史に名を残した、数々の名工をご紹介します。

SNSへの情報公開も積極的な岐阜県博物館

最新情報をチェックするなら断然SNS!

岐阜県博物館のツイッター公式アカウントは、館内撮影が禁止されている展示物の画像と解説文を一緒に載せているため、企画展に訪問できなかった場合でも擬似的な来館体験が可能となっています。

公式アカウントの良いところは、これだけではありません。岐阜県博物館は、「百年公園」という大きな公園内にあるのですが、今回私が博物館へ訪れる際、訪問予定日の前日に「台風が来る」という予報が入っていました。

これを受けて博物館公式アカウントは、「台風の被害状況によっては百年公園、及び博物館自体が閉館になる場合もあります」という情報を、公式のツイッターで配信。幸いにも被害が少なかったため、当日は無事に博物館へ訪れることができましたが、公式のアカウントがこういった最新情報を常に発信して下さるのは、大変ありがたいことです。

さらに、岐阜県博物館では子どもから大人まで楽しめるイベントを定期的に開催。2019年(令和元年)11月2日からは「関藩主 ~大嶋雲八と現代甲冑展~」や、2020年(令和2年)1月4日からは「第6回展示 ~美濃源氏土岐一族と明智光秀~」などの特別展・企画展も開催予定。

ちなみに百年公園は、北と東にそれぞれ駐車場がありますが、岐阜県博物館へ車でお越しの場合は「北側の駐車場」の方が博物館に近いため、北側に駐車されることをおすすめします。また、百年公園はとても広いため、博物館を観たあとは園内の散歩をするのも楽しみのひとつです。

訪れるたびに新しい発見ができる岐阜県博物館に、ぜひご来館下さい!

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