59_歴女

趣味の世界は十人十色。その中でも登山や鉄道など、ひと昔前であれば、主に中高年男性の愛好家が多く見られた分野において、女性人気が急上昇中。彼女達は、「山ガール」や「鉄子」(てつこ)といった愛称で呼ばれ、「好きなもの」に性別は関係ないとする今の時代が反映されているとも言えます。それがよく窺えるのが、戦国武将や日本の歴史などを好む「歴女」。ひとくちに歴女と言っても、日本刀(刀剣)好きである「刀剣女子」など、そのジャンルが多岐に亘って細分化されていることが大きな特徴のひとつ。ここでは、そんな歴女の実態に迫っていきます。

歴女ブームはアニメがきっかけ!?

2019年(平成31年/令和元年)現在では、当たり前のように使われている「歴女」という愛称。実は歴女は、2009年(平成21年)に「新語・流行語大賞」のトップテンにランクインした言葉です。

もっとも、それ以前より歴史の名所を巡ったり、歴史小説を好んで読んだりする女性はもちろんいましたが、流行語になるほど歴女が急増したきっかけのひとつが、同年4~6月に放映されたTVアニメ「戦国BASARA」(せんごくばさら)。もともと2005年(平成17年)に同タイトルのアクションゲームが発売されていましたが、アニメ化されたことで、男性のみならず若い女性にまで広く知れ渡ることになったのです。

戦国BASARAには、「織田信長」や「本多忠勝」(ほんだただかつ)といった有名戦国武将が、そのキャラクターとして登場。どこか豪傑なイメージのある戦国武将をスタイリッシュに、そして現代風にデフォルメして描いたことで、歴女達から絶大な支持を得たのです。

その中でも歴女に特に人気だったのが、同ゲーム、及びアニメの主人公格のキャラクターであった「真田幸村」(さなだゆきむら)と「伊達政宗」(だてまさむね)。両者に共通していることは、見た目の美しさもさることながら、それぞれが「不遇のヒーロー」であったということ。

59_「戦国BASARA」に登場する伊達政宗

「戦国BASARA」に登場する伊達政宗

豊臣秀吉」に仕えていた真田幸村は、1614年(慶長19年)の「大坂冬の陣」のあと、信濃(しなの:現在の長野県)一国と引き換えに「徳川家康」より寝返りを打診されましたが、それに揺らぐことなく最期まで豊臣秀吉への忠義を貫き、翌年の「大坂夏の陣」でその生涯を閉じています。

また伊達政宗は、江戸時代には徳川家康から3代に亘って徳川将軍家に召し抱えられるなど、華々しい経歴も持っていますが、幼少期には右目を失明。武将としての器量には恵まれていましたが、「10年早く生まれていれば天下を取れた」「遅れてきた戦国武将」と評されるように、伊達政宗が家督を譲られた頃には、天下統一の立役者となるべく、豊臣秀吉や徳川家康がすでに台頭しており、伊達政宗にそのチャンスが訪れることはなかったのです。

元来日本人には、同情したり不憫に思ったりすることで、弱者や悲劇の英雄などに肩入れする、いわゆる「判官贔屓」(ほうがんびいき/はんがんびいき)を好む性分があります。

その最たる例と言えるのが、赤穂浪士による敵討ち(かたきうち)である「赤穂事件」を題材とした、人形浄瑠璃や歌舞伎の演目「忠臣蔵」(ちゅうしんぐら)。歌舞伎における同作品は、1748年(寛延元年)に初演されていますが、今もなお、同事件が起こった12月には、毎年TVの時代劇などで取り上げられています。

忠臣蔵に描かれている弱い立場の者が強者への復讐を果たすという内容が、判官贔屓な日本人の琴線に触れ、その人気が衰えていないことが窺えるのです。

そんな中で歴女には、先述した伊達政宗や真田幸村以外で言えば、「石田三成」や「坂本龍馬」など、やはり志半ばで散った人物を愛好対象としている人が多く、その背景にもまた、一種の判官贔屓の側面があると言えます。

戦国武将
歴史を動かした有名な戦国武将を取り上げ、人物や戦い(合戦)をご紹介します。

刀剣女子と甲冑女子~武将の戦う姿に想いを馳せる系歴女

歴女は、戦国武将が登場するゲーム戦国BASARA、そしてそこから展開したアニメなどがブームのきっかけとなりましたが、日本刀(刀剣)ファンの方であれば、数年前にも同じような現象が起こったことがすぐに思い浮かぶのではないでしょうか。

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刀剣乱舞-ONLINE-

それは、日本刀(刀剣)を擬人化したオンラインゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」(とうけんらんぶ おんらいん)が生んだ「刀剣女子」。同ゲームは、戦国BASARAの発売から約10年後、2015年(平成27年)にリリース。戦国BASARAと同様にアニメはもちろん、映画やミュージカルなど、メディアミックスによる展開が行なわれたことでファンの裾野を広げ、大ヒットを記録しています。

刀剣乱舞に登場する「刀剣男士」と呼ばれるキャラクターは、様々な名刀がモチーフになっていますが、「審神者」(さにわ:刀剣乱舞のプレーヤー)の刀剣女子達は、ゲームを始めた当初は、その見目麗しい姿やバラエティ豊かなそれぞれの個性に夢中になっていました。

しかし、ゲームを進めるにつれて、自身が育成してきた刀剣男士への愛着を深めるようになっていった刀剣女子達。刀剣男士の性格や設定には、その日本刀(刀剣)を作刀した刀工や伝来など、史実に基づいた逸話が反映されていることから、「日本刀[刀剣]のことをもっと知りたい!」と、ゲームのキャラクターのみならず、日本刀(刀剣)自体に興味が湧くように。

そんな日本刀(刀剣)への知的探究心を満たすため、日本刀(刀剣)関連の書籍を購入して勉強したり、「お気に入りの1振をこの目で実際に観てみたい」と、日本全国の美術館や博物館に赴き、日本刀(刀剣)の展覧会へ足を運んだりする刀剣女子が続出したのです。

特に日本刀(刀剣)の展覧会は、従来の日本刀(刀剣)ファンのみならず、刀剣女子をターゲットに見据えた企画が各地で開催。その中でも、ここ数年のうちで特に話題を呼んだ展覧会のひとつが、2018年(平成30年)9~11月にかけて「京都国立博物館」で開催された特別展「京(みやこ)のかたな 匠のわざと雅のこころ」。国宝指定作品を含む「山城系鍛冶」の作刀を中心に、183振もの日本刀(刀剣)が一堂に会したこの展覧会は、同博物館史上初の試みとなった大規模刀剣展。

実はこの企画は、刀剣乱舞のリリース以前からその構想が練られていましたが、ゲームの人気を受けて、大々的なコラボ展示が決定。刀剣男士のモデルとなった日本刀(刀剣)23振が集結し、最終的には入館者数が25万人を超える大盛況となったのです。

このように一大ブームを巻き起こしている日本刀(刀剣)は、戦国武将の合戦では欠かさずに佩用(はいよう:体に付けて用いること)されていた物であり、武将の強さや戦う姿の象徴でもあります。その一方で、戦場で身を守るために用いられていた武具が「甲冑[鎧兜]」です。

甲冑(鎧兜)は、日本刀(刀剣)と同じく時代の移り変わりに伴って変化があり、また、例えば江戸時代に近江国彦根藩(おうみのくに・ひこねはん:現在の滋賀県彦根市)藩主を務めていた井伊家が、その甲冑(鎧兜)をすべて朱色に統一していた「井伊の赤備え」(いいのあかぞなえ)などに見られるように、着用する武将それぞれの個性や思想、こだわりなどが、日本刀(刀剣)以上にその形状や意匠などに詰まっている武具。そのため、武将のことをより深く感じられるように思えるのか、歴女の中でも「甲冑女子」がじわじわと増加中。

そんな甲冑女子における刀剣女子との大きな違いは、好きな武将と同じような甲冑(鎧兜)を実際に着てみることができる点にあります。

その方法のひとつが、博物館などの試着体験コーナーを利用すること。一例を挙げると、愛知県岡崎市にある「三河武士のやかた家康館」では、もちろんレプリカではありますが、「赤備え」を模したかのような真っ赤な甲冑(鎧兜)を試着することが可能。ここでは、スタッフの方に着用を手伝って頂けるので、甲冑(鎧兜)ビギナーでも安心です。

また、戦国時代に関連するイベントなどで、甲冑(鎧兜)をレンタルできることもあります。その中でも、熱心な甲冑女子の参加が多く見られるのが、毎年秋頃に岐阜県関ケ原町で開催される「関ケ原合戦祭り」。

関ケ原合戦祭りのメインイベントであり、一般の人からも参加を募る「関ヶ原の戦い」の再現パフォーマンス「関ケ原合戦絵巻」では、レンタルした甲冑(鎧兜)を身にまとって戦国武将になりきることができます。

59_合戦イベントで殺陣シーンを演じる甲冑女子

合戦イベントで殺陣シーンを演じる甲冑女子

そして、さらに一歩進んだ甲冑女子の中には、甲冑(鎧兜)専門店で購入したり、キットなどを用いて自作したりして、「My甲冑[鎧兜]」を所有する人も。甲冑女子が自らのお金と時間を費やしてここまでできるのは、戦国武将に魅せられた憧れとも言える、熱い気持ちがあるからではないでしょうか。

城ガールと古墳女子~史跡巡り系歴女

刀剣女子や甲冑女子が、武具を通して武将が戦った姿に思いを馳せる歴女だとしたら、武将など歴史上の偉人にゆかりのある史跡を訪れ、彼らがいた同じ空間に幸せを感じるのが、史跡巡り系歴女。

史跡にもいろいろな種類がありますが、何と言っても人気があるのが、戦国武将達が居住し、合戦の際には軍事拠点として用いられた城。日本全国にある城郭や城跡巡りを楽しむ女性は、歴女の中でも「城ガール」(しろがーる)と呼ばれています。

戦国武将の城と聞いて多くの人がすぐに思い浮かべるのは、白色や黒色の土壁を有する天守ではないでしょうか。現代で見られる日本の城には、天守の最上階に、周囲の景色を見渡せる展望台を備えているところが少なくありません。そのため、観光目的で城に訪れる場合には、まずは天守を目指すのが一般的です。

しかし、それだけに留まらないのが、城と戦国武将をこよなく愛する城ガール。「縄張図」(なわばりず:石垣や曲輪[くるわ:石や土などで城の周りを囲った区画]などの配置、及び城の構造を示す設計図)片手に遺構をくまなく見て回り、自分だったらどのように城を攻めるのかなんて、「推し武将」(おしぶしょう:支持や応援の対象としている、お気に入りの武将)の気持ちになって考えてみるのも、城ガールによる城散策の楽しみ方のひとつ。

城ガールを含む城マニアのあいだでは、実際に城郭や城跡に訪れることを「城攻め」と言い、中でも難易度が高いとされているのが、立地の面で「山城」(やまじろ)に分類される城。山城は合戦の際、敵が容易に本丸まで辿り着けないように、自然の要害となる険しい山に築かれており、それ故に、現代の私達にとっても、そこを訪れるには少なからず危険が伴います。

城巡りの中でも山城に行く場合は、気軽な「散策」ではなく、服装などにしっかりとした装備が必要な「登山」であることを心得ておかなければなりません。下手をすれば遭難に繋がる恐れもあるので、何度も山城を攻略したことのあるベテラン城ガールも、山城は初めて!というビギナーさんも、山城にひとりで入ることは避け、誰かと一緒に行くようにすることが大切です。

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また、山城に向かうには長い距離を歩くことになるため、体力があまりない女性にとっては、街中や平地に築かれた「平城」(ひらじろ)などに比べると、なかなか厳しい道のりになります。

しかし、そこで簡単に諦めず、果敢にチャレンジするのが城ガール。これもきっと、城ガールが城や戦国武将に抱く溢れる愛が為せる業(わざ)だと言えます。

59_山中城 堀

山中城の堀

日本の城は約9割が山城であり、その中でも城ガールの憧れの的になっているのが、静岡県三島市にある「山中城」。1934年(昭和9年)、貴重な文化財として、その城跡が国の史跡に指定された山中城は、後北条氏3代当主「北条氏康」(ほうじょううじやす)が築城。後北条氏が拠点とした「小田原城」を防御するための「支城」(しじょう)として用いられていました。

山中城が城ガールに人気が高い理由は、土塁(どるい)や堀などの遺構が往時を思わせるほどに美しく整備されていること。特に山中城の見どころである障子堀や畝堀(うねぼり)は「SNS映え」すると評判で、城ガール達の撮った写真が、様々なSNSにアップされています。

とりわけ障子堀は「ワッフルに見える!」と、城跡の案内所や売店において、「障子堀ワッフル」なるスイーツが販売されるまでに。乙女心をくすぐられた城ガールの中には、障子堀の風景に障子堀ワッフルをフレームインさせた写真を撮っている人も。これもまた、女性ならではの城巡りの楽しみ方なのかもしれません。

そして、史跡巡り系歴女の中でもにわかに注目を集めているのが、戦国時代から約1,300年前より築造された、豪族などの有力者、天皇や皇族などのお墓である「古墳」(こふん)を愛でる「古墳女子」

古代の人々は、亡くなった一族の長には子孫を守護する力があると信じていたことから、古墳は単なる埋葬施設ではなく、神として祀るための神聖な場所として扱われていたのです。そのため、古墳には霊的な力が宿ると考えられており、現代の日本では、以前より様々な神社仏閣と同様に、パワースポットのひとつとして多くの人々が訪れる場所ではありました。

その中で古墳女子と呼ばれる女性達は、古墳に史跡としての歴史的価値を見出しているだけでなく、古墳そのもののフォルムが可愛い!と、古墳を癒しの対象としているのです。そう言われてみると、古墳の代表的な形式である「前方後円墳」(ぜんぽうこうえんふん)は、女性が羨むキュッとしたくびれがある姿に見えなくもないですね。

このような古墳女子が一気に増えたのは、2013年(平成25年)に「古墳にコーフン協会」が発足したこともその背景のひとつ。同協会は、古墳をもっと気軽に楽しむことを目的に設立され、古墳にまつわるイベントを開催したり、関連のニュースを発信したりしています。

また、古墳女子による古墳を楽しむ活動は、古墳を訪ね歩くことだけではありません。古墳の形状をモチーフにしたキッチン用品やクッション、文具などの古墳グッズを収集したり、ライスが前方後円墳の形に盛り付けられた「古墳カレー」などのグルメを楽しんだりと、それぞれが思い思いに「墳活」(ふんかつ)を繰り広げているのです。

59_百舌鳥・古市古墳群

百舌鳥・古市古墳群

2019年(令和元年)7月に、「仁徳天皇陵」(にんとくてんのうりょう)として宮内庁が管理する「大仙陵/大山古墳」(だいせんりょう/だいせんこふん)を含む、大阪府堺市にある「百舌鳥・古市古墳群」(もず・ふるいちこふんぐん)が世界文化遺産に登録されました。

このことが追い風となり、古墳女子を生み出した古墳ブームが益々白熱すること間違いなしです!

まとめ~まだまだある歴女のジャンル

歴女のジャンルは、ここまで見てきた物以外にも、神社仏閣を参拝すると頂ける「御朱印」(ごしゅいん)を集める「御朱印ガール」や、仏教の信徒であるかどうかは関係なく、仏像を好んで鑑賞したり、寺院での座禅(ざぜん)に参加したりする「仏女」(ぶつじょ)など、まだまだ多彩にあります。

それぞれの歴女が愛好の対象とする事柄は異なっていても、遠い昔の人々に思いを巡らせてロマンを感じられることが、ジャンルを超えて共通する魅力なのかもしれません。

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