50_和包丁

日本人は、刃物の切れ具合を評価するときに「切れ味」という言葉を使います。「味」という言葉が入っているのは、味覚に個人差があるように、刃物の切れ具合もまた人によって判断基準が異なり、一概に優劣を決めることが難しいためです。

切れ味と聞いて連想する言葉に、刀剣・日本刀の「試し切り」があります。古くは江戸時代以前から使われてきた言葉で、江戸時代以前は囚人を使っての試し切りが実施されていました。

江戸時代に入ると、幕府の意向により罪人の死体を使用しての試し切りへと変遷。そして、明治時代以降は豚などの動物の他、樹木の「ソテツ」などで試し切りをして、切れ味を確かめていました。

「切れ味」は、日本独特の感性

日本人が、古来より刃物の切れ味に関して非常に高い関心を寄せてきたことは、刀剣・日本刀の「試し切り」文化の他、「さくさく切れる」や「スパっと切れる」など、切る際の擬音語や擬態語が多い点からも推察することが可能です。

一方の海外では、切る行為や切れ味に関しては、日本ほど関心が高くない傾向にあります。日本語では、物を切る際の様子に擬音語・擬態語を付け足して言い表すことが多いですが、英語の場合、切れ味に関する熟語はほとんどありません。

また、日本人が切れ味を重要視することを裏付ける事柄に、「包丁の種類の多さ」が挙げられます。日本の包丁は「和包丁」とも言われ、用途に合わせた様々な種類の包丁が存在しており、これは世界的に見ても非常に珍しいことです。

和包丁の種類の豊富さと切れ味の鋭さは、海外でも注目が集まり、世界の著名な料理人の多くが和包丁を愛用しています。

刀剣・日本刀が多く製造されていた時代から続く、日本人の切れ味への飽くなき追求は、こうして現代でも形を変えて受け継がれているのです。

業物とは?

ところで、「日本刀[刀剣]の切れ味」と聴いて連想する言葉に「業物」(わざもの)があります。業物は、「よく切れる日本刀[刀剣]」の異称である他、試し切りのランク付けにおいて「切れ味が良い」という意味を持つ言葉でもあるのです。

業物と一言で言っても、そのランクは全部で4つあります。最も切れ味が良い刀剣・日本刀のことを「最上大業物」(さいじょうおおわざもの)と言い、次に切れ味が優れている刀剣・日本刀を「大業物」。その次に切れ味が良いのが「良業物」で、最後に業物とランク付けされます。

なお、似た言葉として「名物」がありますが、こちらは「美術品としての価値が高い日本刀[刀剣]」に与えられる称号のようなものであり、切れ味の良さを示す言葉ではありません。

最上級と格付けされている、最上大業物と呼ばれる15工をご紹介します。

本多式切れ味試験機と、その開発者 本多光太郎とは?

日本で重要視されてきた切れ味ですが、どのような基準のもとで、「よく切れる」や「切れない」などを判定しているかご存知でしょうか。

明治時代に入る前までは、試し切りの材料に人体が用いられていましたが、刀剣・日本刀が身近ではなくなった現代における刃物生産の現場では、「切れ味試験機」という測定器を使用して包丁などの刃物の切れ味を解析しています。

そして、そのほとんどの現場では「本多式切れ味試験機」が用いられてきました。

本多式切れ味試験機とは、大正時代頃に原型が考案された、刀剣・日本刀の切れ味を測定するための試験機です。試験機にかける刃物が、一度に何枚の紙束を切れるか、または、どれくらいの長さを切れたか、という非常にシンプルな測定方法で、現代に至るまで広く利用されてきました。

50_本多光太郎

本多光太郎

開発者である「本多光太郎」は、鉄鋼の世界的権威であり、日本のみならず世界に先駆けて冶金学研究に明け暮れた偉人。大の実験好きで知られており、晴れている日は「今日は晴れているから実験をしよう」、雨の日は「今日は雨だから実験をしよう」と言い、実験室にこもることが多く、自身の結婚式のときにも、実験に夢中になって式に姿を見せなかったという逸話もあります。

また、本多光太郎は理論物理学者「アルベルト・アインシュタイン」とも交流がありました。アインシュタインが講演のために訪日した際には、東北帝国大学(現在の東北大学)で、自身が発明した「世界で最も強い磁石」と言われる「KS磁石鋼」をアインシュタインへ贈っています。

本多式切れ味試験機で妖刀「村正」を測定

本多式切れ味試験機を発明した当時から、本多光太郎の研究所では様々な刀剣・日本刀の測定が行なわれました。「正宗」、「貞宗」、「祐定」など、本物か贋作かは不明ではありましたが、研究生達は預かってきた刀剣・日本刀を試験機にかけていきました。

銘が切ってあり、伝来もはっきりしている刀剣・日本刀に関しては、どの名刀も同じ一定の数値を示していましたが、江戸幕府将軍・徳川家に災いをもたらしたと言われる妖刀「村正」だけは、数値にばらつきが見られて測定結果が安定しませんでした

これを見た研究生が本多光太郎に伝えると、本多光太郎は「そこがすなわち、ムラ正だわなあ」と、シャレを述べたと言う逸話があります。

この逸話は、一見すると、1振の村正を何回か測定したところ、数値が安定しなかったと言うように読むことができるため、数値上でも異変を起こすとは、やはり村正は妖刀だと、当時は世間でも話題になっていました。

しかし、この逸話には至って呆気ない真相があります。村正は、銘を磨り潰した無銘の物が多くあり、そのために贋作が大量に出回っていました。試験機にかけたときも1振だけを用いた訳ではなく、複数の異なる村正を試験機にかけていたのです。

真贋が不明な、作成者も全く異なるであろう村正を複数測定していたため、その数値にばらつきが生じるのは当然のことでした。

50_短刀 銘 村正(素剣)

短刀 銘 村正(素剣)

本多式切れ味試験機に代わる刃物切れ味試験機とは?

50_刃物切れ味試験機

刃物切れ味試験機

「刃物切れ味試験機」とは、岐阜県関市にある「岐阜県工業技術研究所」と、同県各務原市にある「丸富精工」が共同開発した、刃物の切れ味を測定するための試験機です。

従来使用されてきた本多式切れ味試験機は、重ねた紙束を裁断したあとに、実験者自身が何枚の紙が切れたのかを手作業で確認しなければなりませんでした。

また、実験後には人の手で新しい紙束をセットする必要がある他、測定結果も実験者ごとに差が出るなど、手間がかかる上に精密な測定結果が得られていなかったのです。そこで、より精度を高め、なおかつ手作業の手間を減らすために開発されたのが刃物切れ味試験機でした。

本試験機は、切れ味を測定する刃物の刃先の角度と、切断する紙束の固定軸と角度に着目して改良された物です。

紙束を切断する際に刃先が斜めである場合と、直角である場合では、切断できる紙束の枚数に差が生じてしまい、これは本多式切れ味試験機においても課題とされていました。本試験機は、刃物の刃先と、切断する紙束が直角になるように固定することで、測定結果で生じていたずれを無くすことに成功したのです。

また、本試験機には、実験に使用する紙束を自動で交換する機能が搭載してあり、手作業による労力削減と測定時間の短縮を実現。こうして、従来の切れ味試験機より短時間で、さらに高精度な切れ味試験機が誕生しました。

新たな切れ味試験機開発の背景にある郷土愛

刃物切れ味試験機を開発したのは、岐阜県関市にある岐阜県工業技術研究所の「田中泰斗」(たなかたいと)さんと、「松原早苗」(まつばらさなえ)さん。

田中泰斗さん達は、刃物産業で日本一のシェアを誇る岐阜県関市の研究者です。関市は、鎌倉時代末期から刃物産業の聖地として知られ、現代でも「関孫六」(せきのまごろく)を始めとした多くの刃物が生産されています。

しかし、近年は高齢化や後継者不在による職人不足が深刻化。それに伴い、刃物産業に関連する事業所も減少。さらに、国産より安価な海外製刃物の大量輸入の影響もあり、刃物産業の存続に警鐘が鳴らされています

そこで田中泰斗さん達は、刃物の切れ味を測定する際にかかる手間を省き、より精密に切れ味を数値化できる試験機の開発に着手することにしました。本試験機を利用することで、生産工程の効率化と共に、製品の高品質化と、それに伴う新製品の開発を可能にしようと考えたのです。

時代と共に失われつつある伝統文化を、異なる切り口から再び盛り上げることに尽力する田中さん達の信念は、刃物関連企業からも注目を集めており、実用化を期待する声が寄せられています

日本刀の歴史に名を残した、数々の名工をご紹介します。
美濃伝の故郷 関市
世界でも有数の刃物の産地である美濃伝の岐阜県関市についてご紹介します。