179_浮世絵の作り方_サムネ

「浮世絵ってキレイ! どうやって作るの?」

「これ版画だよね?」

実際に「浮世絵」を鑑賞したとき、そんな疑問を感じたことはありませんか?江戸時代に誕生した浮世絵は、浮世絵師が自ら筆で描く「肉筆画」と、下絵を木製の原版に彫って摺る「木版画」があります。世界に1枚しかない1点物の肉筆画に対して、印刷である木版画は同じ絵をたくさん制作することができたため、価格もお手頃になり、江戸庶民の人気を博しました。

そんな木版画の浮世絵がどのように作られるのか、順を追って見ていきましょう。江戸文化の華である浮世絵は、職人達の才能と技術力を結集させた類まれな美術品なのです。

浮世絵制作は4部門のチームワーク

どんなに高名な浮世絵師でも、浮世絵をひとりで作っていた訳ではありません。

浮世絵の作品が完成するまでには、「版元」(はんもと)、「絵師」(浮世絵師)「彫師」(ほりし)、「摺師」(すりし)という4つの部門のプロフェッショナルが携わりました。言わばチームワークがカギとなる分業制なのです。

版元:大ヒットを狙う出版社

版元とは浮世絵を売り出す店のことで、現代で言えば出版社。商品を企画し、プロデュースする役目も担います。

どんな浮世絵を出せば売れるのか、江戸の人々の興味や流行を見極めて考えなければなりません。出版全体にかかわる責任者でもあります。

絵師:後世に名を残す作家

絵師は、浮世絵の原画を描く人のことで、現代のイラストレーターにあたります。

葛飾北斎」(かつしかほくさい)、「喜多川歌麿」(きたがわうたまろ)、「歌川国芳」(うたがわくによし)など、のちの時代まで名前が残っているのはこの絵師です。

江戸時代を代表する浮世絵師「葛飾北斎」の生涯や作品をご紹介します。
美人画の代表的な浮世絵師「喜多川歌麿」をご紹介します。
幕末の人気浮世絵師「歌川国芳」の生涯や作品、エピソードをご紹介します。

彫師:木版画の板を彫るプロ集団

彫師は、絵師が描いた原画をもとに、木製の板を彫る職人のこと。ベテランの親方から若手まで、複数の職人が1作品の制作を分担することもあります。

摺師:和紙に摺るスペシャリスト

摺師は、彫師が彫った版木に「顔料」(がんりょう:絵具)を染み込ませて、紙に摺る人。現代の印刷業にあたる職人です。

浮世絵ができるまで~企画から発売までの流れ

179_浮世絵の作り方
浮世絵ができるまで

続いて、実際に浮世絵を作るときの工程をご紹介しましょう。一例として、多色摺の浮世絵である「錦絵」(にしきえ)について見ていきます。

1.企画をもとに、絵師がモノクロの原画を描く

はじめに、どんな浮世絵を作るのか、版元が企画を立案。絵師に作画を依頼します。

依頼を受けた絵師は、まず下書きにあたる「画稿」(がこう)を制作。版元と打ち合わせを重ねたのち、墨1色のモノクロで画稿をきれいに清書した「版下絵」(はんしたえ)を描きます。これが浮世絵の基礎となる決定稿です。

版下絵に用いる和紙は、「薄美濃紙」(うすみのし/うすみのがみ)。薄美濃紙はトレーシングペーパーよりも薄く、裏返しても表と変わらないほど鮮明に線画を見ることができます。

2.版下絵ができたら検閲を受ける

1790年(寛政2年)から施行された制度により、版下絵ができあがったら検閲を受けることが義務付けられました。

版下絵は版元から地本問屋行事(じほんどんや/じほんどいやぎょうじ:地本問屋の仲間が当番制で勤める役目)や名主(なぬし:町役人)へ提出され、もし、幕府批判などの問題が見付かれば検閲は通りません。

一方、問題がなければ「極」という文字の「改印」(あらためいん)が押されて、次の工程へ進みます。

江戸時代後期には、改印(極印)の他に検閲した年月を表す印も押されました。これが現代では作品の制作年月を知る手掛かりとなっているのです。

3.彫師が主版を彫り、版下絵のコピーを作る

179_主版
主版

検閲を通った版下絵は彫師のもとへ届けられ、最初に「主版」(おもはん)と呼ばれるモノクロの版が作られます。

その際使用する木の板は、堅く粘りがあり、材質が均一で版木に向いている山桜。ここに版下絵を裏返して貼り付け、描線に合わせて彫っていきます。裏返しで彫りやすいように、版下絵は透けて見える薄美濃紙に描かれた訳です。そして絵師が描いた版下絵は、版木と一緒に彫られてしまうため、あとには残りません。

彫師の仕事は、多くの場合複数の職人が分担しました。最も重要で難しい人物の表情や髪などの頭部は、「頭彫」(かしらぼり)と称される親方クラスの職人が担当。着物の柄や背景などは若手が担いました。現代で例えるなら、漫画家とアシスタントの関係に似ています。

また、絵師によっては、版下絵に細かな部分を描き込まず彫師に任せることもあったため、彫師には腕前だけでなく、細部をどのように彫るかを決めるセンスも不可欠だったのです。

こうして主版が完成したら、それをもとに10枚ほどの和紙へ摺り、版下絵のコピーである「校合摺」(きょうごうずり)を作ります。当時は、コピーを作るだけでも簡単ではありませんでした。

4.絵師が色を指定する色さし

校合摺ができあがったら、絵師が朱色を入れて色を指定。これを「色さし」または「色分け」と言います。例えば、紺色にしたい部分があれば、校合摺のその部分を朱色に塗って「紺色にする」と指示。他の色も同じように指示し、1色ごとに校合摺1枚を用意しました。

木版画浮世絵の制作では、使う色が多くなるほど版木も多くなり、コストがかかってしまいます。浮世絵が完成したときの出来栄えを思い描きながら、コストとのバランスを考えるのも版元の大事な仕事だったのです。

おおむね版木5枚の両面を使って、10面以内で作品を完成させるのが基本でした。

5.色ごとに版木を彫り色版が完成

絵師によって校合摺が色分けされると、彫師は「色版」(いろはん)の制作に取りかかります。主版と同じように校合摺を版木に貼り付け、朱色の部分のみを残して彫り、1色ごとに版木を制作するのです。

色版の制作では、もうひとつ大切な作業がありました。それは、摺るときに正しい位置に和紙を置けるよう「見当」(けんとう)と呼ばれる印を彫ることです。

木版画では、1枚の和紙に何色もの色を重ねるため、摺るときにずれてしまっては台無しになります。そこで、版木の端にかぎ型と一文字型の2種類の見当を設け、そこへ和紙の端を合わせて置くことで、数種類の色でもずれないように摺ることができました。

6.摺師の腕が物を言う最終工程へ

179_馬連
馬連

いよいよ、和紙へ摺る最終工程へ移りますが、ここでは版元と絵師、彫師も立ち会います。

摺師は全体のバランスを見ながら、顔料などを微妙に調整。一般的には、はじめに基本となる主版を摺り、色版は仕上がりの美しさを考え、面積の小さい順に、そして薄い色から先に摺りました。

このとき、摺師が用いる道具のひとつが「馬連」(ばれん)です。小学生の頃、版画を作るのに使ったことがあるという方も多いのではないでしょうか。江戸時代の浮世絵では、この馬連を使って和紙の繊維の奥まで顔料の粒子が入るように摺り込みました。現代でも浮世絵の色が鮮やかに残っているのはこのためです。

また摺る前には、ニワカとミョウバンを混ぜた「礬水」(どうさ)と呼ばれる液体を和紙の表面へ均等に引いて加工しました。この加工のおかげで色が滲むことなく、鮮明に表現することが可能になったのです。

こうして試し摺りを繰り返して、版元と絵師に認められれば、実際に販売する商品である「本摺」の制作に着手します。浮世絵は、おおむね200枚をひとつの単位として摺り、これを「一杯」と呼びました。そして、最初に摺る一杯(200枚)が「初摺」(しょずり)です。

7.初摺を求めてファンが押し掛ける、浮世絵の発売日

179_浮世絵を売っている絵草紙屋
浮世絵を売っている絵草紙屋
3代 歌川豊国作「今様見立士農工商之内 商人」
(国立国会図書館デジタルコレクションより)

できあがった浮世絵は、版元自身の店での販売をはじめ、絵草紙屋(えぞうしや)や地本問屋の店頭にも並びました。

浮世絵好きな江戸の人々は、この初摺を手に入れるために店頭へ押し掛けたと言われています。なぜなら、初摺は絵師が摺りの段階で立ち会ってしっかり監修した作品だからです。

浮世絵は、版元が初摺の売れ行きを見て、人気があるようなら摺師に追加して摺るように依頼しました。初摺に対して、あとから摺り増しした作品を「後摺」(あとずり)と言います。ところが、初摺と後摺では、クオリティに大きな差があったのです。

初摺は絵師が指定した色で摺られましたが、後摺は摺師任せ。顔料が足らなくなることもあり、その場合は絵師が指定した色とは違う色を使いました。また、摺れば摺るほど版木が摩耗して線が潰れ、描線が不明瞭になってしまうのです。浮世絵のファンがクオリティの高い初摺を求めたのも、無理はありません。

現代では、人気浮世絵師の初摺は特に貴重で、当時は大判錦絵で1枚20文前後(約500円)だった作品が、数百万から数千万円の価格が付けられています。

【関連サイト】
葛飾北斎 歌川国芳 喜多川歌麿 浮世絵 基礎知識
刀剣ワールド/浮世絵
刀剣ワールド/浮世絵では、浮世絵の歴史や有名な浮世絵師など、浮世絵に関する情報をご紹介します。