126_浮世絵とは

「ホクサイ」、「シャラク」、「ヒロシゲ」……これらは、誰もが耳にしたことのある、高名な浮世絵師の名前です。浮世絵は、日本を代表する芸術品のひとつとして、世界の人々にも大人気。日本国内、海外問わず、多くの美術館・博物館で展示され、メディアでも話題となっています。

そんな大人気の浮世絵ですが、そもそも「浮世絵」って何なのでしょうか?「浮世絵とは?」という基本中の基本を探ってみました!

刀剣ワールド/浮世絵
刀剣ワールド/浮世絵では、浮世絵の歴史や有名な浮世絵師など、浮世絵に関する情報をご紹介します。

浮世絵の語源は「憂き世」!?

浮世絵のなりたちは、江戸時代初期にまでさかのぼります。浮世絵は、当時の「暮らし」や「風俗」、「流行」などが盛り込まれた絵画ジャンルのひとつです。

浮世絵の「浮世」とは、つらいこと、苦しいことを意味する「憂きこと」に、この世を表す「世」を付けた「憂き世」が語源と言われています。

江戸時代になると、つらい世の中だからこそ、むしろ楽しく浮かれて暮らそうという逆転の発想が生まれ、憂き世から浮世へと転じていったのです。

そして江戸の町で生まれた新しい文化を表す絵として、浮世絵という言葉が使われるようになりました。

浮世絵の表現技法は2つある

同じ作品は2つとない肉筆画

浮世絵の表現技法として、大きく「肉筆画」(にくひつが)と「木版画」(もくはんが)の2つに分けられます。

肉筆画は、浮世絵師が筆を用いて自筆で描いた浮世絵のことです。一般的な絵画と同じく1点物なので、世界に1枚しかありません。

切手のデザインにもなった「菱川師宣」(ひしかわもろのぶ)作の有名な「見返り美人図」も肉筆画です。肉筆画の作品はたいへん高価であり、庶民にとっては入手困難、文字通り高嶺の花でした。

浮世絵の祖と呼ばれた「菱川師宣」の生涯や作品、エピソードをご紹介します。

木版画によって庶民も楽しめるように

最初は肉筆画のみで、庶民の手が届かなかった浮世絵を、身近な存在にしたのは木版画です。

木版画とは、木製の原板を使った印刷のことで、同じ絵をたくさん制作することができます。浮世絵制作は、おおむね200枚単位であったと言われ、これによって廉価(安い値段)で売り出すことができるようになったのです。

江戸の人々は浮世絵の新作が発売されると、我先にと買い求め、その人気はまたたく間に広まっていきました。

廉価になった浮世絵は、のちにヨーロッパへ焼き物などが輸出される際に包装紙として使われたそうです。

当時のヨーロッパの人々は、日本からやってきた包装紙を見てびっくり!たちまちその美しさに魅了され、海外でも浮世絵は高く評価されるようになりました

フルカラーだけじゃない木版画

126_紅摺絵
紅摺絵

木版画の浮世絵には、墨1色で摺られた「墨摺絵」(すみずりえ)や、それに紅色などを2~3色を加えた「紅摺絵」(べにずりえ)、そして多彩な色を使ったカラフルな「錦絵」(にしきえ)があります。

また木版画は、「一枚摺」(いちまいずり)と「版本」(はんぽん:版木で印刷した書物)に分けられます。浮世絵と聞いてすぐに思い浮かぶのは、一枚摺の方かもしれません。

版本は、現代のコンテンツで言えば、マンガや挿絵入りの小説、画集などに相当します。

浮世絵制作はチームワークがカギ

木版画の浮世絵制作は、もちろん浮世絵師ひとりではできません。制作には、大まかに4つの部門と人がかかわっています。

  • 版元(はんもと):浮世絵を売り出す店。現代で言うなら出版社。 商品を企画プロデュースする人でもあります。どんな浮世絵が人気を博すのか、見極める能力が必要不可欠。
  • 絵師(えし):浮世絵の原画を描く人で、イラストレーターにあたります。後世にまで名前が残るのは、この絵師です。
  • 彫師(ほりし):絵師が描いた原画をもとに、木版画の板を彫る人。
  • 摺師(すりし):彫師が彫った版木から、和紙に摺る人。

つまり浮世絵は、職人達のチームワークの賜物(たまもの)であり、それぞれの才能と高い技量が結集した成果と言えます。

武者絵、役者絵、美人画……浮世絵の画題は様々

126_役者絵
役者絵

浮世絵の画題としてよく知られているのは、「役者絵」「美人画」。それらは、まさに暮らしの身近にある親しみやすい題材でした。歌舞伎の人気役者や、茶屋の看板娘、遊女を描いた浮世絵は、現代のブロマイドのようにファンが観て楽しんでいたと考えられています。

また、人気浮世絵師達が実力を示すように描いたのが「合戦浮世絵」「武者絵」です。それらは大作映画の一場面を切り取ったような迫力と臨場感に満ち、観る者の心を掴んで離しません。絵師をはじめとする職人達の面目躍如たる優れた作品が、今も多数残されているのです。

バーチャル刀剣博物館「刀剣ワールド/浮世絵」のサイトでは、「刀剣ワールド財団」が所有する浮世絵の作品を写真や動画でご紹介しています。そのなかから、いくつかの作品をピックアップしました。

川中島の戦いを描いた圧倒的スケール感!

126_信玄侯旗本の勇士を繰り出して謙信侯を支る図
信玄侯旗本の勇士を繰り出して謙信侯を支る図

「信玄侯旗本の勇士を繰り出して謙信侯を支る図」
(しんげんこうはたもとのゆうしをくりだしてけんしんこうをかるず)は「歌川国芳」(うたがわくによし)の作。「第4次川中島の戦い」の一場面を表現しています。

3枚続となっている本合戦浮世絵の左手側で軍配を掲げる「武田信玄」の命令一下、武田軍が一斉に出撃。その瞬間の掛け声や軍勢の足音まで聞こえてくるような迫力です。また、版画とは思えないほどの緻密さにも目を奪われます。

作者の歌川国芳は、江戸時代末期に活躍。独自の発想力と、権力にも怯まない反骨精神で江戸の人々から喝采を浴び、現代でもその人気が衰えることはありません。

歴史上の人物が活躍した川中島の戦いをご紹介!

武将達が戦った川中島の戦いの古戦場をご紹介!

武田信玄のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

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今にも飛び出さんばかりの源義経

126_芳年武者无類九郎判官源義経
芳年武者无類 九郎判官源義経

「芳年武者无類 九郎判官源義経」
(よしとしむしゃぶるい くろうほうがんみなもとのよしつね)は、「月岡芳年」(つきおかよしとし)が手掛けた武者絵シリーズの1作です。

源氏が平氏を滅亡させた「壇ノ浦の戦い」における「源義経」の「八艘飛び」伝説を表現。主役である源義経をあえて上部に描くことで、今にも軽やかに動き出すのではないかと思わせる躍動感や、舟を押し上げる波の荒々しさが感じられる作品となっています。

幕末から明治時代中期に活躍した月岡芳年は、武者絵、合戦浮世絵、美人画など多方面で才能を発揮。とりわけ「無残絵」と呼ばれるショッキングな題材は名高く、「血まみれ芳年」の異名を取るほどです。

作家の「江戸川乱歩」(えどがわらんぽ)氏や「三島由紀夫」(みしまゆきお)氏も、月岡芳年の作品を好んだと伝えられています。

源義経のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

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明治時代を代表する浮世絵師「月岡芳年」の生涯や作品をご紹介します。

人々の息遣いが感じられる東海道五十三次

126_東海道五十三次より日本橋
東海道五十三次 朝之景

刀剣ワールド/浮世絵のサイトでは、合戦浮世絵や武者絵だけでなく、著名な浮世絵を鑑賞できるのも魅力のひとつ。最後に、「歌川広重」(うたがわひろしげ)が描いた連作「東海道五十三次」(とうかいどうごじゅうさんつぎ)をご紹介します。

東海道は江戸と京都を結ぶ日本の大動脈であり、将軍を中心とする支配体制強化の目的で「徳川家康」の命により整備されました。江戸から京都までの間に53の宿場があり、歌川広重は浮世絵制作に先立って実際に旅をしたと言われています。

作品は、53の宿場数に出発地の日本橋と到着地の三条大橋を加えて、総数55枚。日の出の情景から、晴天、夕立や雪景色、夜の風景もあり、当時の旅人や宿場で働く人々の生き生きとした様子が手に取るように伝わってきます。

徳川家康のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

徳川家康のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。

東海道五十三次 浮世絵
江戸時代に整備された五街道のひとつ、東海道にある宿場を題材に描かれた浮世絵をご覧下さい。
五十三次名所図会
浮世絵師・歌川広重が描いた東海道シリーズ「五十三次名所図会」をご覧頂けます。

きっと一目で夢中になる!

本物の浮世絵を初めて観たときの第一印象は、「きれい!」でした。続いて、「迫力が圧倒的」、「しかも細かい!」、「色合いが見事」、「構図が面白い!」と、様々な感想があふれ出て、すぐさまその魅力にハマってしまったのは言うまでもありません。

外国の絵画とは一味も二味も違う、日本独自の芸術性を醸し出す浮世絵。これまで興味のなかった方も、これを機会に「ちょっと観てみようかな」と思ってもらえたら幸いです。

【関連サイト】
源義経 武田信玄 徳川家康 菱川師宣 歌川国芳 月岡芳年
武者絵(合戦浮世絵/侍・武将浮世絵)
一般財団法人 刀剣ワールド財団(東建コーポレーション)にて保有の浮世絵(武者絵)を解説や写真にてご紹介。
役者絵(歌舞伎絵)
歌舞伎役者の様子を生き生きと表現した役者絵の世界をご覧頂けます。