上杉謙信_サム

歴史上の人物がどのような理由で亡くなったかについて、多くの場合、記録が詳細に残っています。しかし、武田信玄のライバルとして有名な「上杉謙信」は残っている記録が少なく、逸話や伝説が多く伝えられてきました。さらに、死因にもいくつかの説があり、明確に特定されていません。上杉謙信の死因が気になるという方のために、上杉謙信の死因について、またどんな武将であったのかという背景も合わせてご紹介しましょう。

もっとも可能性が高いと言われる死因は脳出血

上杉謙信」の主な死因としては、お酒を飲みすぎた、寄生虫に感染した、「織田信長」の刺客によって刺殺された、毒殺された、脳出血で倒れたという説があります。

この中で状況から考えてもっとも有力な説となるのが、「脳出血」です。現代日本人の生活習慣病のひとつに含まれる病気が、「戦国時代」の武将の死因となったことは意外に感じる方もいるかもしれません。

しかし、死因が脳出血であったと考えてみると、上杉謙信が亡くなった状況として納得できる部分も多いのです。

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普段からお酒を飲んでいた

上杉謙信は酒豪として有名であり、お酒に強かったと言われています。「直江兼続」が書き留めた上杉謙信への辞世の句にもお酒がでてくるほどです。

飲酒というのは、脳出血を含め、脳卒中と総称される病気と大きな関連があります。1日平均で3合以上飲んでいる人は、月に数回しか飲まない人と比較すると、脳卒中を発症する可能性が1.6倍に上がるという研究結果も出ているのです。

実際に上杉謙信が毎日お酒をどのくらいの量を飲んでいたのかは不明ですが、非常にお酒が好きで、馬に乗ったままお酒を飲むときに使用する「馬上盃」を常備していたほどでした。

そのことからも、普段からお酒を多量に飲んでいた可能性があります。

お酒の肴として梅干しを食べていた

また上杉謙信は大好きなおつまみとして、梅干しを肴にお酒を飲んでいました。

梅干しには塩分が多く含まれており、この塩分も脳卒中を引き起こす要因のひとつと言われています。過剰な塩分を摂取すると動脈硬化が進み、脳卒中を引き起こす可能性が高くなるのです。

当時、他にもお酒のおつまみとして人気が高かった食品として、味噌があります。味噌も塩分を多く含む食品です。

お酒を日々飲み、かつ塩分の高い食べ物を好んでいたのであれば、現代の基準に照らし合わせてみても体に気を付けなければいけないと注意されてしまうような生活であったと推測できます。

兵糧丸はお酒を浸して作っていた

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兵糧丸

兵法書(へいほうしょ)という、現代で言えば戦争のマニュアル本にあたる書物の中にも、お酒に関する内容が記載されています。

上杉兵法書のなかには、携帯保存食である「兵糧丸」(ひょうろうがん)を作る方法として、麻の実などを粉末にして混ぜ合わせ、お酒に浸して丸薬にすると記載されていました。

上杉謙信は、この兵糧丸を1食あたり1~3粒ほど、1日2~3回食べていたのです。

合戦などでは、直接お酒を口にしていたわけではありませんが、兵糧丸から少量ながらもお酒を摂取していたことが分かります。

食事のバランスが崩れていた可能性も

上杉謙信の普段の食事は、一品のおかずに汁物とご飯といった、質素なメニューが中心の食生活でした。それでも、合戦前の時期には、士気を高めるために部下にも豪華なメニューを振る舞っていました。

しかし、普段はあまり食事を摂っていないのに、急にたくさんの量を食べたということが、脳卒中を引き起こす要因になってしまった可能性があるのです。

死んだ場所はトイレ

上杉謙信が亡くなる前、倒れているところを発見された場所は、春日山城内のトイレです。そのまま昏睡状態から戻らずに命を落としました。

当時のトイレは気温差が生じてしまう場所であり、それにより脳内出血を引き起こす「ヒートショック」が発生しやすい場所です。

ヒートショックは、急に温度の高い場所から冷えている場所に行くことで血圧が上昇して起こります。火鉢などで暖められた場所から冷えているトイレに向かったことにより、温度差が生じてしまった可能性が高いのです。

なぜ様々な説が広がっているのか?

このように普段からお酒を嗜み、塩分の多い梅干しを食べていて、さらに温度差のある場所で倒れていた状況から考えると、脳出血が死因である可能性が高いというのも納得できます。

しかし、他にも死因説が多くある理由として、死に関する様々な記録が残っていることが挙げられるのです。

上杉謙信の養子である「上杉景勝」(うえすぎかげかつ)の書状には、「不慮の虫気、取直られずして遠行」と記載があります。ですが虫気が何を指すのかは現代では分かっておらず、はっきりとした死因は記載されていません。

また他にも「謙信軍記」では腹痛が治まらず、トイレにて死亡といった記載や、「当代記」では大虫(おおむし:更年期障害による婦人病の一種)にて死亡と記載されているなど、当時から残る書物には死因の記述が複数あります。

そのため、現在でも本当の死因ははっきりしておらず、様々な憶測を呼んでいるのです。

その性格から考えられる上杉謙信の死因

このように、多くの説が錯綜している上杉謙信の死因ですが、実際には現代の日本人と同じような死因である脳出血の可能性が高いと言われています。

その理由としては、お酒好きであったことや、お酒のつまみに梅干しをよく食べていたこと、温度変化が生じやすいトイレで倒れていたことなどが理由です。

しかし、はっきりと死因が記載された文献が残っていないこと、書物によっては別の死因が記載されていることから、様々な憶測を呼んでいます。脳卒中の可能性は高いですが、あくまでも考えられる死因のひとつでしかありません。

現在となっては当時に戻って真実を知ることはできませんが、自分なりの死因や説を考えてみるのも、歴史人物について思いをはせる楽しみのひとつと言えます。

【関連サイト】
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