日本刀に見る宇宙、宇宙とつながる日本刀

北極星を巡りながら輝く「北斗七星」、大空に鮮烈な光の尾を引いて飛来する「隕石」、そして、宇宙のなぞを解き明かす「小惑星探査」。これらが刀剣・日本刀とつながっているとしたら意外でしょうか? でも実は、刀剣・日本刀と宇宙には、切っても切れない縁があるのです。今回は、古(いにしえ)の日本人が星に込めた願いと、現代のテクノロジーと刀工との星にまつわるコラボレーションをご紹介します。

戦の勝利を司る剣、北斗七星

「北斗七星」は、一般的にはひしゃくの形として良く知られています。または、ギリシャ神話に登場する「おおぐま座」のしっぽ

これが日本では「剣」(つるぎ)に見立てられ、様々な名前が付けられました。「剣先星」(けんさきぼし)、「剣星」(けんぼし)、「七剣星」(しちけんぼし)、「四三の剣」(しそうのけん/しそのけん)、「七星剣」(しちじょうけん)。

さらに「戦星」(いくさぼし)とも呼ばれており、柄の部分を剣先とみなすのは先に挙げた名前と同じですが、北斗七星が地平線に沈むことなく1日24時間、1年に亘って12の方角を指し示すことから、剣先の向きによって戦の勝敗を占ったそうです。

もうひとつ「破軍の星」(はぐんのほし)と言う呼び方もあります。宮崎、愛媛、岡山、和歌山、奈良、群馬などで、やはり占いに使われた名前です。その名前の通り、勝利を司る星として信仰され、兵士が出征するときに無事を祈って贈る「千人針」(せんにんばり:1,000人の女性が1針ずつ、赤い糸で布に縫い玉を作ったお守り)には、北斗七星の意匠が縫い込まれることが多くありました。

鞘は北斗七星に彩られ、鍔は星を戴く

神刀藤原日出光作之

「戦星」である北斗七星を「鞘」(さや)の装飾として施した刀剣・日本刀があります。刀銘は「神刀藤原日出光作之」(しんとうふじわらのひでみつこれつくる)。

神刀藤原日出光作之_背景変更

神刀藤原日出光作之

「茎」(なかご)の反対側には「元治元年二月日」とあり、長く続いた江戸時代の泰平が終焉(しゅうえん)を迎えつつあった1864年(元治元年)、この作品は生み出されたのです。

制作者の「藤原日出光」は、「水戸藩」(みとはん:現在の茨城県)お抱えの刀工であった「横山祐光」(よこやますけみつ)の門人で、水戸の外谷田(そとやだ)で活動していました。

残念ながら「鞘師」(さやし)の名は残っていませんが、動乱期の幕末にあって、北斗七星が刀剣・日本刀の持ち主を護ってくれるよう、そして新しい時代への道筋を指し示してくれるよう願った、制作者達の想いをうかがい知ることができるでしょう。

星模様

星のモチーフを彫り込んだ「鍔」(つば)も江戸時代の作品です。

鉄地の変わり鍔で、耳の部分には真鍮(しんちゅう)の色絵が施されています。特に、4辺に透かし彫りされた「五芒星」(ごぼうせい:5つの角を持つ星のマーク)が印象的。

星模様の鍔

星模様の鍔

五芒星は「陰陽道」(おんみょうどう)では魔除けの呪符(じゅふ)として知られ、様々な災厄を除け、幸運をもたらすと信じられています。

銘は切られていないのですが、こちらも鍔に込められた制作者の願いが伝わって来るようです。

宇宙生まれの日本刀

人々が願いを託した宇宙から、時々星のカケラが届きます。

それが隕石。この隕石を原材料とする刀剣・日本刀は、歴史上何振も制作されました。

やはり、宇宙から鉄の塊がやって来たら、それで刀剣・日本刀が作れるのではないかと考えるのが、日本人の心情というもの。

「鉄の塊」とは言いましたが、隕石には大きく分けて3種類あり、主に鉄とニッケルの合金からなる「鉄隕石」、ほぼ等量の鉄・ニッケル合金とケイ酸塩鉱物からなる「石鉄隕石」、最後に、ケイ酸塩鉱物が主成分の「石質隕石」です。「ケイ酸塩鉱物」とは、地殻の岩石を構成する鉱物のこと。

刀剣・日本刀の素材となるのは、これらのうちの鉄隕石で、地球に落下してくる隕石の4%程度と少ないのだそうです。

では、隕石から生まれた刀剣・日本刀には、どのような作品があるのでしょうか。

天鉄刀

最初にご紹介するのは「天鉄刀」(てんてつとう)。東京スカイツリーで展示されたことでも話題になりました。

天鉄刀

天鉄刀


この刀剣・日本刀の素材となった隕石は 「ギベオン隕石」と呼ばれ、その構成物質は地球の歴史である46億年よりも古いと判明しています。 地球が誕生する前の、太陽系が形成されたころの物質なのです。

そして、およそ4億5,000万年前に地球へ飛来し、1836年(天保7年)にアフリカのナミビア・ハルダプ州で発見されました。ギベオン隕石は、大気圏に突入したときに爆発したため、数千の破片が390×120kmの広範囲に落下。これまでにトータルで約2万6,000kgが回収されています。

このギベオン隕石の一部を原材料として、現代の刀工「吉原義人」(よしはらよしんど)氏が鍛え上げた刀剣・日本刀が天鉄刀です。吉原氏は「伊勢神宮」の「御神刀」(ごしんとう:神前に奉納される日本刀)を5振作刀している名刀工として知られています。

天鉄刀は、まさしく宇宙と、刀工が培った技術とのかかわりを示す象徴と言えるでしょう。

流星刀

「流星刀」(りゅうせいとう)は、明治時代の政治家「榎本武揚」(えのもとたけあき)が、刀工「岡吉国宗」(おかよしくにむね)に依頼して制作されました。

流星刀

流星刀

鉄隕石を原材料として生まれた長刀2振と、短刀3振に与えられた名称です。

政治家であり、外交官でもあり、また化学にも精通していた武揚は、ロシア大使としてサンクトペテルブルクに赴任していたとき、鉄隕石から作られた刀剣を観て、いつかは自分も鉄隕石から作られた刀剣・日本刀を手にしてみたいと憧れを抱きます。

そんな武揚が出会った鉄隕石が「白萩隕鉄1号」(しらはぎいんてついちごう)でした。

この鉄隕石、なんと漬物石を探していた人によって、1890年(明治23年)に富山県上市川(かみいちがわ)の上流で採取された物だったのです。漬物石にちょうど良いサイズではあるものの、その大きさの割に重いということで、調査したところ、隕鉄(いんてつ)であると学術的に判明。その知らせを聞いた武揚は、ポケットマネーで購入しました。

ちなみに、白萩隕鉄1号の成分はほとんどが鉄で、重さは22.7kgだったそうです。さらに、2年後の1892年(明治25年)には、同じ上市川で「白萩隕鉄2号」が発見されています。

流星刀5振のうち、長刀は天皇家と東京農大に寄贈。短刀は、武揚が建立した北海道小樽市の「龍宮神社」と、「富山市科学博物館」に寄贈されています。短刀の1振は、戦時中に行方不明になってしまったと言うことです。

以隕鉄 弘邦造

東建コーポレーション所蔵のコレクションにも、隕石から生み出された剣があります。

隕鉄100%で制作されたこの剣の銘は「以隕鉄 弘邦造 平成十年春」(いんてつをもって ひろくにつくる へいせいじゅうねんはる)。制作者の「廣木弘邦」(ひろきひろくに)氏は、人間国宝「隅谷正峯」(すみたにまさみね)刀匠に学び「青江写し」(あおえうつし:青江派の技法に倣った作風)を得意とする名刀工として有名です。

隕鉄からの作刀は容易ではなく、刀匠の高い技術力と経験が欠かせません。鍛錬の際に、30度程度のわずかな温度の違いで鍛接(たんせつ:金属を接合する圧接方法のひとつ)しないなど、折り返し鍛錬も難しく、炎の色の的確な見極めが必要となります。

また、隕鉄の炭素量は非常に少ないため、刀身の部分に焼きが入らないのだそうです。そこで、研磨の技術にて、白い刃文状の刃を表現する手法が用いられました。

地肌にも特徴が現れています。隕鉄は100万年に1度と、気が遠くなるような時間をかけて冷却し、ニッケルが結晶化するため、鉄・ニッケル合金特有の模様が浮かび上がっているのです。

人類が初めて出会った鉄は隕鉄だったと考えられています。古代遺跡から発見された剣や斧を分析すると、5~10%のニッケルが含まれていることが分かるのですが、地球上から産出される鉄にはほとんどニッケルが含まれていないのです。

このような剣は、天からの贈り物として特別視され、世界中で崇拝の対象ともなっていました。

日本刀の技が宇宙のなぞに挑む

宇宙から地球へ飛来する隕石の次は、地球から宇宙へ飛び出してなぞの解明に挑む探査機に目を向けてみたいと思います。

日本が誇る小惑星探査機「はやぶさ」は、2005年(平成17年)に小惑星「イトカワ」に着陸。サンプルの採取に成功しました。

そののち、はやぶさは地球へ帰還。自らは大気圏で燃え尽きながらも、サンプルを納めたカプセルを無事に送り届けたその姿に感動を覚えた方も多かったのではないでしょうか。

はやぶさが行なったサンプルの採取方法は、小惑星の表面に弾丸を撃ち込み、砕かれて放出された破片を回収するというものでした。

しかし、採取されたサンプルは、計画した想定よりも少ない微粒子にとどまったのです。

はやぶさの後継機である「はやぶさ2」も、小惑星「リュウグウ」のサンプル回収のミッションを担っています。こちらの計画でも、衝突装置を使って小惑星の表面に人工的にクレーターを作り、内部の物質を回収する採取方法です。

それよりもさらに確実で、効果的な採取方法はないだろうか?

そう考えたのが、神奈川工科大の「渡部武夫」准教授のグループでした。渡辺准教授達は、将来の探査機のために、独自の研究を進めています。その採取方法とは「コアラー」と呼ばれるパイプ状の部品を備えた装置を小惑星の表面に突き刺し、引き抜くことで内部の地層をそのままの形で回収するアイデア。

このとき、できる限り深く突き刺し、より多くのサンプルを効率的に回収するために選ばれたのが、刀剣・日本刀を作る技術でした。

小惑星探査機のサンプル回収方法

小惑星探査機のサンプル回収方法

コアラー先端に、刀剣・日本刀と同じ素材を使い、同じ技法で作った刃先を取り付けるべく、熊本県荒尾市に住む刀工「松永源六郎」(まつながげんろくろう)氏に制作を依頼。松永氏は、たたら製鉄体験授業を行なうなど、刀剣・日本刀の知名度向上にも尽力し、第18回「くまもと県民文化賞」を受賞した名刀工です。

この試みについて松永氏は、興味深いと評し、依頼を快く承諾。まず、有明海(ありあけかい)の砂浜で砂鉄を集め、伝統的なたたら製鉄法で素材となる鉄の塊「鉧」(けら)を作ります。これを何度も叩いて鍛錬(たんれん)し、刀剣・日本刀の材料と同じ「玉鋼」(たまはがね)を制作。玉鋼は、福岡県大牟田市の有明工業高等専門学校でパイプ状に加工。研磨して、直径25mm、長さ20~30mmの刃先部分に成形したのち、再び松永氏が焼き入れをして、十分な硬度まで高めていきます。

試作品は最適を見極めるため、形状や焼き入れの温度を微妙に変えるなどしながら、小惑星表面に見立てたコンクリートブロックに突き刺す実験が行なわれているそうです。

刀剣・日本刀の技術を取り入れたことについて渡辺准教授は、硬さと粘り強さをかね備えた素材の特性と、鋭い切れ味という点でメリットは大きいと言及。さらに、日本の伝統技術を活かして宇宙探査にチャレンジする文化的意義も強調しているとのこと。

今後、古来の技術と最新テクノロジーが手を結び、宇宙のなぞを解き明かす一助になるのは間違いないでしょう。わくわくするような夢が広がっていきます。