本多忠勝

「蜻蛉が出ると、蜘蛛の子散らすなり。手に蜻蛉、頭の角のすさまじき。鬼か人か、しかとわからぬ兜なり」

これは戦場において「天下三名槍」(てんがさんめいそう)のひとつ「蜻蛉切」(とんぼきり)を手にした「本多忠勝」(ほんだただかつ)の姿を詠んだ歌です。刀剣ワールドでは現在、天下三名槍の写し「三槍」を制作するプロジェクトが進行中。

制作をお願いしているのは、山形県山形市に鍛刀場を開設され、「無鑑査刀匠」(むかんさとうしょう)に認定されている「上林恒平」(かんばやしつねひら)刀匠です。今回、蜻蛉切の写しの完成が間近となっているという知らせを聞き付け、現代刀匠の最高峰のひとり上林恒平刀匠にお話をうかがいました。

現在の進捗状況

現代刀匠の最高位「無鑑査刀匠」のひとり「上林恒平」刀匠の手によって、「天下三名槍」の写し「三槍」を制作するプロジェクト。

その1筋め、「蜻蛉切」(とんぼきり)の完成が間近に迫ってきた、という情報が入ってきました。

上林恒平

上林恒平刀匠

上林恒平刀匠からのコメント(以下、上林刀匠)

「現在、(穂の裏側に)樋を彫る作業まで終わっています。そのあと、梵字(ぼんじ:サンスクリットを表記するための文字)と、三鈷剣(さんこけん:チベット密教の儀式で用いられる密教法具)を彫り、年内(2019年[令和元年])には研師(とぎし)の方へ回す予定です」

日本刀の歴史に名を残す、無鑑査刀匠「上林恒平」についてご紹介します。

第一印象

無鑑査刀匠として、数々の名作を世に送り出してきた上林恒平刀匠。刀匠の目には、今回写しを制作された蜻蛉切は、どのように映っていたのでしょうか。

その第一印象は「美しい」でした。

蜻蛉切

蜻蛉切

上林刀匠

「今回、写しを制作するというお話を頂きまして、参考(資料)にしているのは、写真です。それを観て、まず思ったことは[きれいな形だな]ということでした。蜻蛉切は、穂が大きな笹の形をした大笹穂槍(おおささほやり)ですが、笹のバランスが何とも素晴らしく、曲線が美しいのです。戦いが絶えなかった時代でも、昔の人は、こんなに形の美しいを制作していたのだな、と改めて思いました」

蜻蛉切と言えば、天下三名槍に数えられているのはもちろん、徳川四天王のひとり「本多忠勝」が所持していた槍として、あまりに有名です。

この写しでは、終生不敗の伝説を持つ猛者・本多忠勝と共に戦国時代を勝ち抜いたこと、戦場で穂先(槍の刃)に止まった蜻蛉がスパッと切れてしまうほどの切れ味を誇ったことなど、蜻蛉切に秘められた数々のストーリーも表現されています。

上林刀匠

「やはり、(ストーリーを)意識はしますね。制作しているときには、本多忠勝が蜻蛉切を手にして戦場に立っている姿や、馬に乗って戦っている姿が頭に思い浮かんできました。こうしたことを想像しながら作業を行なっています」

天下三名槍に関する基礎知識をご紹介します。

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試行錯誤の連続

現代刀匠の最高位・無鑑査刀匠である上林恒平刀匠。現代屈指の名工にとっても、槍の制作においては、未知数な部分がありました。

上林刀匠

「今回、蜻蛉切の写しを制作する機会を頂いて改めて感じたのは、槍を制作するのは簡単ではないなということです。以前、[御手杵](おてぎね:天下三名槍のひとつ)の写しを制作したことがあるのですが、そのときは、日本刀10本分くらいの[玉鋼](たまはがね)を使用するほどの大きさで苦労したことを覚えています。蜻蛉切については、大きさ的には、大きすぎて扱い切れないというほどではありませんが、槍を制作する場合、日本刀とは違って、手槌打ちだけで制作することは難しいのです。また、道具についても、日本刀制作のときに使う物とは違う物が必要になったこともありました。どのようにしたら上手くいくのか手探り状態。いろいろと試しながら制作していきました。

また、彫を施すために、(ひ)を彫る作業を行なったときのこと。穂が曲がってしまい、バランスが崩れてしまったのです。それも(刀匠ではない)一般の人が観ても分かるくらいに。体重をかけて直し、(樋を)彫る作業を続けていくのですが、彫るとまた曲がってしまい、それを直す。こうした作業を繰り返してようやく樋を彫り終わりました。日本刀のときよりも時間も労力もかかった感じです」

84_蜻蛉切(写し)表640x480

蜻蛉切(写し)表側

彫物

上林恒平刀匠は、無鑑査の彫師「柳村仙寿」(やなぎむらせんじゅ)に師事し、芸術性の高い刀身彫刻作品を残すなど、彫師としての顔も有しています。

蜻蛉切の穂(裏側)に施されている彫物についても、上林恒平刀匠が自らの手で施す予定。穂に施されている彫物も、蜻蛉切の魅力を担っているのです。

上林刀匠

「蜻蛉切には、梵字と、三鈷剣が彫られていますが、これらが美しい刀身(穂)と見事にマッチしており、蜻蛉切の美しさを際立たせています。

また、梵字については、時代ごとに異なっていて、日本刀のことを全く知らない場合でも、梵字を知っている人が観れば、彫られている梵字から日本刀が制作された年代が分かるとも言われています。できる限り実物と同じように彫ることで、蜻蛉切を再現していくつもりです」

84_蜻蛉切(写し)裏640x480

蜻蛉切(写し)裏側

みどころ

試行錯誤の末に完成に近付いた蜻蛉切(写し)。最後に、その制作者だからこそ観てほしいという「みどころ」について、うかがいました。

上林刀匠

「まずは形状の美しさを観て頂きたいですね。あとは、先ほども申し上げましたが、彫物と刀身(穂)が見事にマッチしている点。この蜻蛉切は、私が制作した写しですから、[蜻蛉切そのもの]ではないかもしれません。ただ、この写しを観て頂くことで、合戦が絶えなかった、蜻蛉切が制作された時代(室町時代後期)において、これほどまでに美しい作品(武器)が作られていたのだということを感じて頂ければ、と思っています」

なお、天下三名槍の残り2筋の進捗状況についてうかがったところ、「日本号」(にほんごう)については下研ぎの段階、御手杵(おてぎね)は着手前とのこと。

上林恒平刀匠からは、またお話をうかがう機会を約束する言葉も頂きました。まだ観ぬ日本号、御手杵について、お話をして頂ける日が楽しみです。

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