99_天下三名槍

「酒は飲め飲め 飲むならば 日の本一(ひのもといち)の この槍を 飲みとるほどに 飲むならば これぞまことの 黒田武士」。これは有名な民謡「黒田節」(くろだぶし)の一節。この中で謡われている「日の本一の槍」こそが、「天下三名槍」(てんがさんめいそう)のひとつ「日本号」(にほんごう)なのです。「無鑑査」(むかんさ)の「上林恒平」(かんばやしつねひら)刀匠に、写し「三槍」の制作をお願いしている名古屋刀剣ワールドのプロジェクト。

今回は、「呑み取りの槍」(のみとりのやり)の異名を持つ日本号(写し)の進捗状況を中心に、お話を伺いました。

現在の進捗状況

以前、「蜻蛉切」(写し)が完成間近であることをご報告した、名古屋刀剣ワールドによる写し「三槍」制作プロジェクト。

蜻蛉切については、「穂」(刀身)の裏側に上林恒平刀匠自らが彫りを施し、「研師」(とぎし)に研磨を依頼し、仕上げの段階に入っています。

上林恒平刀匠からは、彫りを施した蜻蛉切(写し)の写真をご提供頂きました。

99_蜻蛉切写し 裏 刀身部

蜻蛉切(写し)刀身

いよいよ完成が目の前に迫ってきた感じですね。以上、蜻蛉切(写し)制作の続報でした。

ここからが本題。「日本号」(写し)の進捗状況に移ります。現在は、穂の成形が終わり、「彫師」(ほりし)の方に回されて、彫物が施される段階に入りました。

上林恒平刀匠からのコメント(以下、上林刀匠)

「日本号(写し)については、刀身の成形が終わって、彫師に回しました。刀身裏側(の)に倶利伽羅龍(くりからりゅう)を彫っているため、どうしても(刀身が)表側の方に反ってきてしまいます。彫りが終わってからでは、生じた反りを修正することが難しいですから、(彫師が)少し彫ったあとに、私が反りを修正して、また彫り進めてもらうという感じで進行中です。

また現時点では、日本号(写し)の(なかご)を延ばしていません。これは彫りの作業で邪魔にならないための措置です。の制作においては、日本刀とは違った工程があることについて、参考にして頂ければと思います。」

日本刀の歴史に名を残す、無鑑査刀匠「上林恒平」についてご紹介します。

天下三名槍との不思議な縁

今回、名古屋刀剣ワールドから写し三槍の制作依頼を受けたとき、上林刀匠は不思議な縁を感じていました。

上林刀匠

「私の若い頃、50年くらい前のことでした。ある展示会のお手伝いをさせて頂いていたときのことです。ひとりのおじいさんが、日本号を熱心にご覧になっていました。その方は[母里さん]と名乗られ、お話をさせて頂いている中で、母里友信(もりとものぶ)の子孫だということが分かったのです。日本号は、呑み取りの槍であることはあまりにも有名ですが、母里友信と言えば、福島正則から日本号を呑み取ったことで知られる武将。あのときは、本当にびっくりしました。

これまでも、有名な日本刀を所持していた方の子孫の方とお会いしたことはありますが、一番びっくりした出来事だったと言っていいかもしれません。こういった経験をしていましたから、今回、写しの制作を依頼して頂いたときには、こんなこともあるのだなという、不思議な縁のようなものを感じました。」

上林刀匠と天下三名槍の不思議な縁は、これだけにとどまりません。何と、現在制作の最終段階に入っている蜻蛉切(写し)についても、新たな「縁」が判明したのです。

上林刀匠によって穂(刀身)の裏側に彫物が施された蜻蛉切(写し)は、現在、研師へと回されています。その研師の父親が、かつて本物の蜻蛉切の研磨を行なっていたことが分かったのです。

古(いにしえ)の名槍と、現代の名工という2つの「点」は、ここでも1本の「線」となっていました。

制作における苦労

今回の日本号(写し)の制作においても、蜻蛉切(写し)を制作して頂いたときと同様に、槍制作ならではの苦労があったとのこと。

日本号を形作る上で、上林刀匠が苦心したのは、穂の下端と柄の接点「けら首」の成形でした。

日本刀にはない、槍独特の部分であるけら首を形作ることは、現代刀匠の最高峰である「無鑑査」の上林刀匠にとっても、やはり難しい作業だったのです。

上林刀匠

「槍を作る上で、一番難しいのがけら首です。前回の蜻蛉切(写し)のときもそうでしたが、今回も道具に手を加えたり、蜻蛉切(写し)のときとは違う道具を新たに作ったりするなど、試行錯誤をしながら作業を進めました。今回もけら首が難しかったですね。」

99_日本号写し_茎部

日本号(写し)茎部

また、「焼き入れ」を行なう際も、日本刀を制作するときとは少し違った緊張感があったこともお話しして頂きました。

今回、制作して頂いている日本号の刃長は、2尺6寸1分5厘(約79.2cm)。その写しについても、同様の長さとなります。

さらに、穂の両側に刃があるため、焼き入れの難度は大きく上がることになるのです。

上林刀匠

「焼き入れには特に気を使いました。日本号は(穂の)両側に刃がありますが、両刃の場合には、(穂が)裏表や左右に曲がって、狂いが生じてしまうことが多いのです。

こうした狂いが生じた場合、(片刃の)日本刀であれば、もう1、2回くらいは焼き直しを行なって調整することができますし、両刃でも、剣の場合は刃長が短いため、生じた狂いを何とか修正することができるのですが、日本号は刃長の長い槍。そのため、大きな狂いが生じた場合、修正することが難しいのです。

最悪の場合、最初からやり直しになってしまうこともあります。まさに一発勝負です。幸い、今回はそれほど大きな狂いが出ることなく、焼き入れを行なうことができました。」

彫物

日本号の特徴と言えば、穂(刀身)裏に浮き彫りにされている俱利伽羅龍です。この彫物が、日本号の美しさと力強さを際立たせています。

天下三名槍の中でも、彫物の精巧さと完成度の高さから、日本号が「究極」の存在であると評価されている所以でもあるのです。

上林刀匠

「現在、彫師に回して彫物を施してもらっています。日本号の俱利伽羅龍は、鱗(うろこ)が1枚、1枚丁寧に彫られているなど、精巧なつくりです。そのため、簡単にはいきません。彫師には、(日本号[写し]に)かかりきりで作業を行なってもらっていますが、少し時間がかかりそうです。」

上林刀匠によれば、俱利伽羅龍の彫物が完成したあと、茎を延ばす仕上げの作業を行なうとのこと。もっとも、けら首の成形や焼き入れに比べると、難度は高くはないとのことでした。

今が日本号(写し)制作の山場。上林刀匠の見立てでは、日本号(写し)が完成するまで、半年ほどの時間が必要だということでした。

みどころ

99_日本号写し_裏_刀身部

日本号(写し)刀身

上林刀匠には、今回も試行錯誤しながら日本号(写し)を制作して頂いています。最後に、日本号(写し)のみどころについておうかがいしました。

上林刀匠

「戦場において、蜻蛉切や日本号などの名槍が本陣に立てられることで、前線で戦っていた兵は心強く感じ、精神的な支えになっていたと思います。(戦国)大名が所用していた名槍には、こうした力があったのではないでしょうか。彫物はもちろんですが、(日本号[写し]の)姿や、細い直刃(すぐは)調の刃文なども、じっくりと観て頂けたらと思っています。」

なお、写し三槍最後の1筋「御手杵」(おてぎね)の写しについても、制作に着手されているとのことでした。

上林刀匠からは、かつて御手杵の写しを制作した際、全長1丈1尺(約333.3cm)、刃長4尺6寸(約139cm)という大きさゆえ、大変な苦労があったというお話もうかがっています。

ここだけの話ですが、タイミングが合えば、御手杵(写し)を鍛錬する様子を動画でお届けできるかもしれません。さらに、御手杵(写し)制作についてのお話もして頂けるとのこと。

完成まで秒読み段階に入った蜻蛉切(写し)、制作の山場である刀身彫刻の段階に入った日本号(写し)共々、楽しみに待ちましょう。

【関連サイト】
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