160_甲冑の歴史と変遷1

合戦には欠かせない、体を守るための防具である日本の甲冑の魅力と言えば、威風堂々の立ち姿や武士の精神などが垣間見える、ロマンに溢れているところ!そんな甲冑の歴史は、古くは古墳時代にまでさかのぼることができるのです。中国から伝来した甲冑は、日本の古代王朝の成立と共に発展し、高い芸術性のある、日本独自の甲冑に進化していきました。時代と共に変化する甲冑の歴史について見ていきましょう!

武家が勃興した平安時代から鎌倉時代の甲冑

平安時代と言えば、現代日本にも影響を与える、きらびやかな「国風文化」が花開いた時期。公家が社会の中心であったものの、中期頃になると、武家が台頭し、力を発揮しはじめます。

そんな中で作られた甲冑は、華やかで美しい見た目が特徴的な「大鎧」(おおよろい)と、一般兵士が用いた防具である「胴丸」(どうまる)。この2種類の甲冑は、鎌倉時代まで使われ続け、機能や装飾が進化していきました。

平安時代の騎射戦に特化した大鎧

160_大鎧の部位

大鎧の部位

大鎧が用いられた当時は、武士と武士が1対1で「やー、やー、我こそは!」と名乗りを上げて矢を打ち合う戦法が主流でした。そのため、も胴も弓矢を防いだり、射る際に弦が引っかからないようにする工夫が施されたりしたのです。

その工夫とは、兜の大きな吹返(ふきかえし)や、ツルッとした胴、脇の隙間をなくす大きな鳩尾板(きゅうびのいた)と栴檀板(せんだんのいた)に現れています。

鎌倉時代の大鎧は武家社会の象徴となり、韋所(かわどころ)の文様や金物装飾がより繊細に発展するなど、華やかさを増していきました。

甲冑(鎧兜)に関する基礎知識をご紹介します。

甲冑(鎧兜)に関する基礎知識をご紹介します。

一般兵士の防具から上級武士の防具へと進化した胴丸

160_胴丸の部位

胴丸の部位

胴丸は元々、徒歩戦(かちせん)を行なう騎乗しない一般兵士が用いた防具で、足さばきが良く、右脇で胴を引き合わせて着用するのが特徴の甲冑です。

大鎧とは違い、基本的に胴丸は単品で使用され、兜や袖などを付けないのが一般的。その代わり、肩上(わだかみ:甲冑の肩部分)に「杏葉」(ぎょうよう)という手のひら大の鉄板を下げて、肩上を防護したのです。

集団戦で大鎧よりも機敏に動ける胴丸は、鎌倉時代後期以降も着用され続け、大鎧が実戦で用いられなくなると、上級武士の間で兜と袖を揃えた胴丸が着用されるようになりました。 

また、平安時代には上級武士の大鎧と機敏性を重視した胴丸が合わさった形式の「胴丸鎧」が制作されます。

現存する胴丸鎧は1領しかなく、しかもその1領は、「源平合戦」の英雄「源義経」が奉納したことで有名な超レアな甲冑。「大山祇神社」(愛媛県今治市)に所蔵されており、他にも「源頼朝」が奉納した甲冑も一緒に鑑賞することができるので、源氏好きの方はぜひチェックしてみて下さい!

源頼朝のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

源義経のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

歴史上の人物が活躍した源平合戦をご紹介!

刀剣が奉納・展示されている神社・仏閣や宝物館をご紹介!

甲冑(鎧兜)に関する基礎知識をご紹介します。

集団戦に特化した南北朝時代から室町時代の甲冑

鎌倉時代末期に起こった「元寇」により、集団戦を意識するようになった南北朝時代から室町時代は、戦闘方法が騎馬戦から徒歩戦に移行していきました。

弓矢での戦闘から、槍を主武器とする戦闘に変わり、籠城戦や山岳戦が多く行なわれるようになっていったのです。

引き続き合戦で用いられる甲冑の主流は胴丸でしたが、戦法の変化により、さらに簡略化された「腹巻」が登場しました。

歴史上の人物が活躍した元寇をご紹介!

より簡易的で機動力に優れる腹巻の流行

160_腹巻の部位

腹巻の部位

腹巻とは、簡単に言えば胴丸をより簡素にした甲冑で、胴丸が右脇で胴を引き合わせるのに対し、腹巻の胴は背中側で引き合わされます。室町時代には、引き合わせ部分である背中を守るための背板が登場。

また、胴丸と同様に、単品で一般兵士が着用する物でしたが、のちに上級武士達にも着用されはじめ、鮮やかな縅毛(おどしげ:甲冑に使われる札を継ぎ合せる糸や韋)が利用されるようになり、豪華な腹巻が登場していきました。

甲冑(鎧兜)に関する基礎知識をご紹介します。

南北朝時代から室町時代にかけての甲冑のスタイル

南北朝時代になると合戦はより激しいものとなったため、兜や袖の他にも、頬当喉輪籠手臑当佩楯などを完備し、全身を隙間なく包む甲冑へと変化していきます。甲冑の需要も増えたため、甲冑の素材も簡略化された物が流行しました。

また、甲冑の中でも特に目を引く兜の前立が流行しはじめたのも南北朝時代頃だと言われています。

本来、前立の「鍬形」(くわがた)は、大将の威厳などを示すために用いられた物。ですが、当時流行した「ばさら」と呼ばれる身分秩序を無視し、派手な振る舞い、粋を好む美意識が甲冑のスタイルにも反映され、多くの武将達の兜にも前立が付けられるようになりました。

前立の形も多様化し、強さを象徴する「獣角」や、生命を象徴する「日輪」、不死と再生を意味する「月輪」(がちりん)などが当時の流行。甲冑のスタイルは、当時の武将達の美意識、つまり、おしゃれが牽引していたと言えるのです。

個性が光る!戦国時代から安土・桃山時代の甲冑

室町時代末期の「応仁の乱」を契機に始まったとされる戦国時代に登場したのが、「当世具足」(とうせいぐそく)と呼ばれる甲冑。

全国に戦乱が広まったことや、鉄砲伝来などの影響で、簡素で堅牢な甲冑の需要が高まると、兜から臑当まで一揃いの「具足」を完備した、頭から足までを隙間なく覆うことができる当世具足が流行しました。

また、甲冑を制作する際に、従来の「小札」(こざね)と呼ばれる小さな板を1枚ずつ綴じ合わせる手法から、「板札」(いたざね)と呼ばれる大きな板を素材に用いたことで制作コストが下がり、胴の種類も多様化していったのです。

歴史上の人物が活躍した応仁の乱をご紹介!

今風の甲冑と呼ばれた当世具足

当世具足は、「防護機能を完備した現代風の甲冑」という意味を持ち、全国的に広まった乱世を生き抜く知恵を結集させた甲冑です。

当世具足には決まった形がなく、武将達が合戦で得た経験をもとに制作や改良がされました。武将達は城下にお抱えの甲冑師を雇い、特注の甲冑を制作させたことで、全国にそれぞれの特色が強い甲冑が誕生していったのです。

なお、当世具足は甲冑の形状だけでなく、装飾にも武将達の個性が光りました。甲冑は本来、身を守るための防具ですが、命のやり取りをする戦場においては「ハレの場で着用する衣装」「死に装束」という意味も持ち合わせています。

そのため、甲冑には、信仰する神仏や勇ましさを表す動物などの様々な意匠を用いて、信念や威厳、祈りなどの精神的な意味を込めたのです。

変わり兜の登場

安土桃山時代には、「何コレ!?」となるような風変わりな兜が流行。元々は、信念や威厳を表していた前立が兜の脇や後ろにも付けられるようになり、さらには動物の毛などを用いて、兜に奇抜な装飾が施されるようになったのです。

160_黒田長政所用の甲冑

黒田長政所用の甲冑

これらの装飾が兜と一体化した物が「変わり兜」と呼ばれる兜。源平合戦の古戦場である「一の谷」の地景を模した「黒田長政」所用の兜や、兜の天辺が2つに裂けた形の、「蒲生氏郷」(がもううじさと)所用の
「鯰尾兜」(なまずおかぶと)などが有名です。

変わり兜は、一目見ると個人の特定もできるため、勇猛さを相手に知らしめたり威嚇したりする意図も含まれた、まさに血で血を洗う「戦国スタイル」の象徴とも言えます。

黒田長政のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

蒲生氏郷のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

甲冑(鎧兜)に関する基礎知識をご紹介します。

戦のなくなった江戸時代の甲冑

1637年(寛永14年)の「島原の乱」以降、国内の戦がなくなると、実戦向きの甲冑は徐々に廃れていきました。

それに代わり流行したのが「飾り甲冑」と呼ばれる装飾性が高い、家格を示す甲冑です。特に、甲冑師の一派である「明珍派」(みょうちんは)は、1枚の鉄板に龍や不動明王などの像や文字を打ち出すことを得意とし、江戸時代の甲冑を風靡しました。

歴史上の人物が活躍した島原の乱をご紹介!

復古調の甲冑が流行

160_復古調の大鎧

復古調の大鎧

江戸時代には、町人文化の影響や、実戦が行なわれないこと、武士の身分が固定されるなどの理由により、甲冑は実戦的な物ではなく、家柄を表す表道具として華美な装飾が施された物が流行。

さらに、江戸時代中期頃の復古主義的な風潮も後押しし、大鎧などのきらびやかで古風な甲冑が盛んに制作されることになったのです。

しかし、正しい古式の甲冑の形式が理解されないまま制作されたことも多かったため、本来胴丸に附属しない栴檀板や鳩尾板が付けられるなど、オリジナリティーの溢れる甲冑が制作されることも少なくありませんでした。

一方、各藩には甲冑師が抱えられ、戦国時代より続く技術を継承していく「御家流」の甲冑が登場。

伊達政宗」が初代藩主となった仙台藩などでは、伊達政宗が好んで着用した「雪の下胴」と呼ばれる胴の形式が幕末まで変わることなく継承され、藩主から足軽まで着用され続けたのです。

伊達政宗のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

江戸時代の代表的な100藩を治世などのエピソードをまじえて解説します。

伊達政宗のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。

装飾品となった現代甲冑

幕末の動乱期以降、銃をはじめとする火器の著しい進歩により、防具としての機能を果たせなくなった日本式甲冑の意義は、美術品としての意味合いがより一層強くなりました。

日本刀と同様に、武士の精神性を表してきた甲冑は、男子の健やかな成長を祈る「五月人形」をはじめ、現代日本でも強さや勇敢さを表す物として扱われているのです。

受け継がれる武士の精神

現代の甲冑と言って真っ先に思い浮かぶのが、端午の節句で飾られる甲冑です。男子の健やかな成長を祈る際に飾る物として、有名武将が着用したモデルの甲冑は大変な人気があります。

今では、たくさんの伝統技術が詰まった日本式甲冑に防具としての機能はありませんが、武士が甲冑に込めた信仰や信念、勇猛さの象徴としての意味合いはなくなることはありませんでした。

現在、甲冑は端午の節句に飾ること以外に、多くのレプリカなどが制作され、鑑賞するだけでなく、博物館のイベントや一部のフォトスタジオなどで着用することができます。

甲冑を着て、当時の武士の気持ちを体験したい!という方は、インターネットなどで調べてみるのがおすすめ。戦国ロマンが溢れる威風堂々たる姿に変身することができますよ!

【関連サイト】
源頼朝 源義経 伊達政宗 黒田長政 蒲生氏郷 大山祇神社
甲冑(鎧兜)の基礎知識
初めての方にも解りやすい内容で、甲冑(鎧兜)の基礎知識が学べます。
甲冑・武具用語集
甲冑・武具に関する用語について検索することができます。
甲冑(鎧兜)写真/画像
甲冑(鎧兜)の名前や種類など、歴史的に価値の高い甲冑を検索することができます。
甲冑(鎧兜)写真集
古美術品などの価値を持つ甲冑の造形美を、様々な角度からご覧頂けます。
甲冑(鎧兜)YouTube動画・映像
日常生活ではなかなか目にする機会がない、甲冑(鎧兜)のYouTube動画・映像を鑑賞頂けます。
陣笠・兜・陣羽織写真/画像
芸術的価値を持つ陣笠・兜・陣羽織の写真・画像をご覧頂けます。
戦国武将
歴史を動かした有名な戦国武将を取り上げ、人物や戦い(合戦)をご紹介します。
刀剣奉納 神社・仏閣の日本刀
日本刀が奉納・展示されている主な神社・仏閣や宝物館などを一覧でご紹介。