178_大坂冬の陣図屛風デジタル想定復元完成

命を懸けた戦いであり、数々の歴史的ドラマが生まれた「合戦」。特に群雄割拠の戦国時代には、数多くの合戦が行なわれ、文献などの研究により、現在も少しずつその詳細が解明されつつあります。そして、合戦当時の様子を最も分かりやすく私達に伝えてくれる美術品が「合戦図屛風」(かっせんずびょうぶ)です。武功を挙げた将軍が自ら絵師に描かせることもあった合戦図屛風は、参戦した武将や戦術、当時の風俗などが知れる貴重な史料であり、壮麗な芸術作品でもあります。

しかし、優れた状態で伝わっている作品は僅か。そこで、模写のみが伝来していた「東京国立博物館」(東京都台東区)所蔵の「大坂冬の陣図屛風」について、デジタル技術を駆使した想定復元が行なわれたのです。

「凸版印刷株式会社」(東京都千代田区)が中心となり完成した大坂冬の陣図屛風デジタル想定復元について、プロジェクトの中心を担った、凸版印刷株式会社・デジタル文化財クリエイティブディレクターの「木下悠」(きのしたゆう)氏にお話を伺いました。

大坂冬の陣・夏の陣を描いた屛風

豊臣VS徳川 決死の戦い!

豊臣秀吉」の死後、1600年(慶長5年)に勃発した天下分け目の合戦「関ヶ原の戦い」(せきがはらのたたかい)において、「石田三成」らが率いる西軍を下した「徳川家康」は「江戸幕府」を開き、初代将軍となります。

天下を手中に収めた徳川家康でしたが、徳川支配をより盤石にするため、「豊臣秀頼」が家督を継いだ豊臣家の滅亡を画策。ついに、1614年(慶長19年)11月、豊臣家の拠点「大坂城」(現在の大阪城大阪府大阪市)を舞台に、豊臣方と江戸幕府による「大坂冬の陣」が勃発したのです!

豊臣方には、戦国武将の中でも特に人気の高い「真田幸村(真田信繁)」や、関ヶ原の戦い後、幕府に領地も屋敷も没収された「長宗我部盛親」らが参戦。幕府軍は、豊臣軍の守備に翻弄されながらも、当時最新鋭の武器を駆使して攻撃し、激闘が繰り広げられました。最終的に、豊臣軍が幕府軍に和睦を申し入れ、大坂冬の陣は終結します。

しかし、翌年の1615年(慶長20年)4月、「大坂夏の陣」として再び開戦。大坂城は落城し、豊臣家は没落してしまいました。その後、徳川家を頂点とした江戸幕府政権が本格化し、泰平の世となるのです。

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真田幸村(真田信繁)のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

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原本が行方不明の大坂冬の陣図屛風

大坂冬の陣・夏の陣」の歴史的資料としては、大阪城天守閣が所蔵する重要文化財「大坂夏の陣図屛風」が有名です。

この屛風は、諸説ありますが、幕府軍として大坂の陣に参戦していた福岡藩(現在の福岡県)の「黒田長政」(くろだながまさ)が描かせ、黒田家に伝来したと目されています。左右一組の屛風で、合戦を描いた屛風絵の中でも優れた逸品と評されている作品です。

しかし、「大坂冬の陣図屛風」については、「東京国立博物館」が所蔵する、江戸時代後期に模写されたと思われる模本があるのみで、残念ながら原本は現在も行方不明。模本と言っても、きちんとした彩色が施されておらず、文字で色の指定が書き込まれた物です。

そこで、「凸版印刷株式会社」が中心となり、現代のデジタル技術を駆使して、想定復元として大阪冬の陣図屛風を現代に蘇らせるプロジェクトが発足しました。

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凸版印刷によるデジタル想定復元とは?

培ってきた印刷技術を駆使した様々な取り組み

江戸城の天守

VR作品「江戸城の天守」
製作・著作:凸版印刷株式会社

1900年(明治33年)創業、日本有数の印刷会社である凸版印刷株式会社では、長年の印刷業務で培ってきた印刷テクノロジーを活用して、様々な事業を展開しています。その中のひとつが「デジタルアーカイブ」と呼ばれる、芸術・文化価値の高い史資料の保存活動です。

デジタルアーカイブとは、文物を撮影、またはスキャン、そして正確な計測技術でデジタル化し、高精細な画像データ処理技術を用いて文化財などをデジタル保存すること。

また、VR(ブイアール:仮想現実)事業では、デジタル技術に学術的な考証も加え、現存していない建造物や文化財の内部構造など、通常では観ることができない空間や建物、または劣化してしまった文化財などを当時の姿に再現しています。

印刷博物館」(東京都文京区)や東京国立博物館内にある「TNM & TOPPANミュージアムシアター」では、文化財をもとにしたVR映像作品を上映。VR専用のシアターは、この他にも国内に20拠点、海外に2拠点あると言います。

普段、間近で観ることができない作品や巨大な建造物のディテールが鑑賞できる技術としても、とても興味深い試みですね。

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大坂冬の陣図屛風 デジタル想定復元プロジェクト発足

木下悠氏

木下悠氏

デジタルアーカイブ事業のひとつとして発足した大阪冬の陣図屛風の復元プロジェクトは、凸版印刷株式会社・デジタル文化財クリエイティブディレクターの「木下悠」(きのしたゆう)氏を中心に、2017年(平成29年)11月より始まりました。

木下悠氏は、2016年(平成28年)に、日本を代表する浮世絵師「葛飾北斎」(かつしかほくさい)が晩年に手掛け、傑作と称されながら焼失してしまった大絵馬「須佐之男命厄神退治之図」(すさのおのみことやくじんたいじのず)復元プロジェクトも担当。デジタルとアナログを融合した独自の技法で、貴重な文化財や文書資料などを次世代へ継承するプロジェクトを推進しているのです。

大坂冬の陣図屛風デジタル想定復元にあたっては、「城郭や刀剣に注目が高まっている昨今、合戦を伝える美術作品でもある合戦図屛風の認知をもっと高めたいという思いもあった」と木下悠氏。

「そもそも模写自体が、作品を後世に伝えるアーカイブ的な側面を持つとも言え、そういった先人の想いを受け止めて、新しく創造することを常に意識している」とデジタル復元への想いを語って下さいました。

葛飾北斎など、日本を代表する有名な浮世絵師たちをご紹介します。

想定復元の工程を詳しく解説!

大阪冬の陣図屛風デジタル想定復元では、城郭考古学の観点で奈良大学(奈良県奈良市)文学部「千田嘉博」(せんだよしひろ)教授、美術史学の観点で「徳川美術館」(愛知県名古屋市)、絵画技法の観点で東京藝術大学(東京都台東区)、有職故実の観点で立正大学(東京都品川区)文学部「佐多芳彦」(さたよしひこ)教授の協力・監修のもと復元が行なわれました。図屛風復元の工程を見てみましょう。

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デジタル技術で絵や文字を抽出

東京国立博物館が所蔵する大坂冬の陣図屛風は、いつでも鑑賞できる作品ではありません。復元には、すでに撮影された写真データから、墨で描かれた線と色指示が記された文字を抽出することからスタートしました。

屛風に登場している人物は2300人を超え、読みやすい文字ではなく、省略されたり崩されたりしており、何と書かれているのかを読み解くだけでもかなりの時間を費やしたと言います。

「くせが強い文字で、読み間違えることも多々あった」と木下悠氏。例えば、「ろく」と書かれた文字は漢字の「六」であり、「緑青」(ろくしょう)というくすんだ緑色のことを表しています。そして、「にはん」は緑青よりも少し白味のある「二番緑青」(にばんろくしょう)、「白六」はさらに白味の強い「白緑」(びゃくろく)など、同じ緑でも細かい色指定が行なわれていたのです。

こうして読み解かれた色の指示は、70種類超。江戸時代における色のこだわりにも驚かされます!

江戸時代当時の色・質感の再現がカギ

彩色復元した例

彩色復元した例

今回の屛風の復元において、最も難しく重要な作業でもあったのが彩色です。デジタル技術を使って無数に表現できる色ですが、江戸時代の彩色を表現するためには、その絵具を知り、塗ったときの質感をも再現する必要があったのです。

例えば、緑青は孔雀石という鉱石が原料で、この孔雀石を荒っぽく砕くと青緑の絵具となり、粒子が大きいザラザラとした質感になります。逆に細かく砕いた白緑は、彩色すると少しもったりとした質感に塗り上がるのです。

さらに木下悠氏を悩ませたのが、色の想定と塗り方でした。書き込まれた色指示には抜けもあり、ある程度は想定して色を塗ることも必要とされました。

日本画には流派があり、各派により色味や色の塗り方は異なります。しかし、困ったことに大坂冬の陣図屛風は、どの流派の誰が書いたのか史実が判然としていなかったのです。

この模本自体は、日本絵画史上最大流派の「狩野派」(かのうは)のひとつ「木挽町狩野派」(こびきちょうかのうは)に伝来した作品ですが、今回の復元で調査を進めるうちに、新たな見解として「長谷川派」(はせがわは)の作品である可能性が浮上

木挽町狩野家九代「晴川院養信」(せいせんいんおさのぶ)の「公用日記」という書物に、江戸幕府から狩野家に「大坂御陣 様子之拾枚折屛風下絵五枚続指右 長谷川宗也筆」の返却を命じたという記載が発見されたのです。

復元の過程で新たな史実が判明したという点も興味深いですね。

長谷川派は、桃山時代に活躍した「長谷川等伯」(はせがわとうはく)を祖とする画派で、狩野派よりも色彩感覚に優れていたとも言われています。

また、「出光美術館」(東京都千代田区)が所蔵する「長谷川等意」(はせがわとうい)筆「一の谷大坂夏の陣図屛風」には、大坂冬の陣図屛風に近い表現も見受けられました。残念ながら長谷川派の作品と断定することは難しかったそうですが、木下悠氏は、長谷川派の作品を参考に彩色を施すことに決定。長谷川派の特徴を踏まえて彩色を考えたのです。

この他にも、縁取りの墨線ひとつ取っても、単に墨1色ではなく、顔の輪郭や白いハチマキには薄い墨線を、その他の線は濃い線を入れ、立体感を持った目元の隈取まで細やかにデジタル彩色が施されていきました。

人物だけで2,300人を超える巨大な屛風。5名のスタッフが8ヵ月を費やして、ようやく全体の彩色が完了したとのこと。カラーマネージメントや肉筆画のような質感の表現は、凸版印刷株式会社が長年蓄積してきた高い印刷ノウハウがあるからこそ再現できたと言えるのです。

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職人による金箔・金銀泥の装飾

色付けが完了したデータは、インクジェットプリンタにより、専用の和紙の上に印刷されましたが、模本には金箔(きんぱく)や金銀泥(きんぎんでい:金銀の箔を粉末状にしてにわか水に溶いた絵具)の指示もありました。

そこで屛風の再現性を高めるため、こうした金箔や金銀泥の装飾は、職人によりひとつひとつ手作業で施されたのです。そうしてプロジェクト発足から約2年、2019年(令和元年)に大阪冬の陣図屛風デジタル想定復元が完成しました。

プロジェクトの中心を担った木下悠氏によると、復元の工程にデジタル技術を用いたことで、文字の読み違いや、そもそもの色指定が間違っている事態が発覚しても、何度でもやり直しができ、また表現の方向性を探りながら彩色を考えることができるなど、非常に大きなメリットがあったと言います。

完成した大阪冬の陣図屛風デジタル想定復元

大坂冬の陣図屛風

大坂冬の陣図屛風

デジタル想定復元制作:凸版印刷株式会社
制作:凸版印刷株式会社
監修:千田嘉博(奈良大学文学部教授)
   東京藝術大学、徳川美術館
   佐多芳彦(立正大学文学部教授)
協力:大阪城天守閣、京都市立芸術大学芸術資料館
   東京国立博物館
   ※JSPS科研費JP17102001(立正大学)
    の助成を受けた研究成果を活用しています。

完成した大阪冬の陣図屛風デジタル想定復元は、黄金に光り輝くなんとも豪華な作品です。

北西から大坂城を眺めるように描かれた本図では、惣構堀(そうがまえぼり)を挟んで豊臣軍と徳川幕府軍が対峙しています。五層の大天守を持つ大坂城、そして本丸御殿には豊臣秀頼と「淀殿」(よどどの:豊臣秀頼の母親)らしき人物。

左隻(させき)の第4、5扇上方には豊臣軍の「木村重成」(きむらしげなり)と「後藤基次/後藤又兵衛」(ごとうもとつぐ/ごとうまたべえ)が徳川軍の「上杉景勝」(うえすぎかげかつ)、「佐竹義宣」(さたけよしのぶ)と激突した「鴫野・今福の戦い」が描かれています。

右隻(うせき)第5・6扇上方には「真田丸」の攻防戦、右隻第6扇から左隻第1扇の下方には豊臣軍の「塙直之/塙団右衛門」(ばんなおゆき/ばんだんえもん)が徳川軍の「蜂須賀至鎮」(はちすかよししげ)を急襲した「本町橋の夜討ち」が描かれました。

また、戦場において足軽を相手に商いをする酒屋や煙草屋なども描き込まれており、合戦風俗を知る史料としても貴重な作品なのです。

上杉景勝のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

佐竹義宣のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

淀殿の活躍するまでの経緯や、成し遂げた偉業などをご紹介します。

順次展覧会などで公開予定

大坂冬の陣図屛風デジタル想定復元は、これまで2019年(令和元年)7月に徳川美術館で、同年12月に「お城EXPO2019」で、そして2020年(令和2年)7~10月には大阪城天守閣で一般公開されました。

特に、大阪城天守閣における特別展示では、大阪城が所蔵する重要文化財・大坂夏の陣図屛風、そして大坂城天守閣が所蔵する大坂冬の陣図屛風の肉筆模写も同時展示。

大坂冬の陣図屛風の肉筆模写とは、東京国立博物館が所蔵する大坂冬の陣図屛風を、大阪城研究家の故「武内勇吉」(たけうちゆうきち)氏が5年の歳月を費やして肉筆模写した作品で、今回行なわれたデジタル想定復元と見比べながら鑑賞できるという点も話題を集めました。

訪れた人々は、特に真田幸村(真田信繫)が活躍した真田丸の攻防戦に注目していたそう。確かにどのように描かれているのか、非常に興味が湧きますね。

また、会期中には、オンライントークイベントも限定開催されました。オンライントークイベントでは、凸版印刷株式会社が開発した「ETOKI」(えとき)システムを使用。ETOKIシステムとは、屛風絵や絵画作品を題材に、専門家だけではなく歴史や文化財ファンも含めたたくさんの人々が、細部まで観察しながら「読み解き」(絵解き)を楽しみ、コメントや関連情報をシェアできるシステムです。屛風の詳細まで鑑賞できるオンラインの特性を活かした企画で好評を博しました。

ズームしたり、逆に引いてみたり、自分のペースで作品を思う存分鑑賞できるとは、美術ファンとしてはありがたいですね。

今後の展示などの情報は、公式ウェブサイトで順次公開予定とのこと。実際に、この光輝く屛風を拝める日が待ちきれません!

【関連サイト】
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